「え、花火大会?」
 岳の嬉しそうな声が、コンピュータールームに響く。
「あぁ、今週の土曜日なんだけどさ、その…い、一緒に行かないか?」
 緊張した顔で岳に話しかけているのは、大輔。
「うん、いいよ」
 そんな大輔の気持ちを知ってか知らずか、この天然微(?)少年は極悪に可愛い笑顔で頷く。
「!!…ほ、本当かっ!?じゃ、じゃあ、浴衣着てくれよっ!な!」
 その笑顔で思わず天国に行きかけた大輔は、慌てて本題に持ちこむ。
「ユカタ?うん、お母さんに言ってみるよ」
 その瞬間、大輔の頭の中ではファンファーレが鳴り響いていた・・・。
『岳の浴衣姿…浴衣…(エンドレスエコー)』
 
 

  -ガラッ-
 
 

「遅くなってごめーん」
 言いながら入ってきたのは、京。
「って、大輔と岳君だけ?」
「あ、京サン」
「ねぇ…なんで、大輔、いっちゃってるの?」
 天国(?)に行ってしまった大輔を、京は冷めた目で見る。
「…さぁ?」
 岳も、不思議そうな表情で大輔を見る。
「どうせ、変な想像でもしてるんでしょ…ほっときましょ」
 当たらずとも遠からずだ。
「あ、そうだ。さっき、大輔クンから誘われたんですけど、今度の土曜日の花火大会」
 その言葉に反応して、大輔が現実世界に引き戻される。
 岳の言おうとしてることをなんとしても阻止しなければ、俺のドリー夢はなくなってしまう!
 そんな大輔の予感は的中した。
「一緒に行きませんか?」
「岳!待てっ!!!」
 阻止は…今一歩遅かったようだ。
「…………」
 さらに冷たい京の視線が、大輔に突き刺さる。
「え、なに?大輔クン?」
「あ、えと、その…」
「そうねぇーせっかくのお誘いだし、私達も花火大会行くわ(ニヤリ)」
「良かったね、大輔クン♪」
 岳のその無邪気な笑顔が大輔に止めを刺した。
 
 
 

【お台場デートバトル!】
 
 
 
 

「あ、ヒカリちゃん、こっち!」
 駅では、大輔・京・伊織がもう既に準備万端で待っていた。
「ごめんなさい、遅れちゃって」
 待ち合わせの時間から10分ぐらいが過ぎた時、姿を見せたのはヒカリと太一だった。
「あれ、太一さんも来たんですか?」
「あぁ、ヒカリがどうしてもって言うから」
「ホントは光子郎さんとの予定がダメになって暇だったくせに」
「なっ!そんなのいいだろ…岳達はまだなのか?」
 その太一の何気ない一言に、大輔が反応する。
「岳達…って…まさか…」
「あ、大輔クーン!」
 いつもなら誰よりも早く反応する大輔が、恐る恐る声の方を振り向く。
「岳!…」
 手を振りながら走ってくる、大輔の要望通り浴衣姿の岳がそこにいた。
 岳の周りには大輔(と一部)にしか見えない花が飛びかっていたのだが…。
「と…ヤマトさん」
 ヤマトは岳の少し後ろを歩いてくる。
「ごめん、遅れちゃった。ユカタの着方わかんなくて、お兄ちゃんに着せてもらってたんだ」
「着せてもらったって…」
 大輔のめくるめく想像も、ヤマトのせいで台無しだった。
 ヤマトもヤマトで岳しか見えていないのか、浴衣姿を自慢する岳を見ながら微笑んでいる。
「!!」
 そんな大輔の目に飛び込んできたのは、岳の鎖骨に付けられた、赤い痣。
 自然と目線がヤマトへ移ってしまう。
「……」
 そこで、ヤマトと目が合ってしまうのが不思議だ。
「!?」
 だが次の瞬間、ヤマトの勝ち誇ったような笑いに、大輔の少ない脳も反応した。
 …わざとやってやがるっ!
「伊織クンもユカタだー。お揃いだねぇー」
「あ、はい…岳さん、とっても似合ってますね」
「え、そう?ありがとう」
 すぐ横で激しい火花が飛びかっているというのに、当の本人は、同じく浴衣を着てきた伊織と話を弾ませていた。
 
 
 
 
 
 

「それじゃ、みんな揃ったし、花火大会へレッツゴーー!!」
 いつものように、京が元気よく仕切る。

 今日は花火大会が目的だが、その前にお台場のショッピングモールに行くことになっていた。
 京とヒカリのたっての希望でそうなってしまった。
「うわぁ…すごい人だね…」
 夏休みに花火大会ということも手伝って、かなりの人がごった返していた。
「こりゃ、気を付けないとはぐれるな」
「はぐれたとしてもココで待ち合わせればいいんではないでしょうか?」
「あ、そうだね。だったら、はぐれちゃってもまた会えるね」
 ボクが一番はぐれそうだよぉーと笑いながら岳が言う。
「じゃあ、手でも繋ぐか?」
「あは。それもいいね」
 この兄弟ならやりかねない。
 誰もがそう思っていたが、あえて口にはしなかった。
「とりあえず何かあったら5時にここに集合な!」
 

 この大型ショッピング街はテーマパークのような造りになっていて、中世の建築物を意識した壮観が有名だ。
「うわぁ、すごい…」
 岳は天井を見つめたまま、しばらく呆然としていた。
「建物の中に空があるんだぁ…」
 少し閉鎖的な空間に浮かぶ雲。
 その建物を覆う天井に映し出された空が岳の瞳と同じ青に染まっている。
「知ってるか?この天井、時間が経つと夕焼けになっていくんだぜ」
「え、本当なの、大輔クン?」
 興味津々な顔をした岳が大輔を見つめる。
「あぁ、前に来た時にそんなだったからな」
「前に来たコトあるの?じゃあ、大輔クンと一緒にいれば迷わないんだ」
 岳に羨望の眼差しを向けられて、前に来てて良かった!と心の中でガッツポーズの大輔。

「買物するトコなのに、すごいねぇ」
「ほら、このフロアの一番奥に教会広場があるのよ」
 岳とヒカリが案内図を見ながら楽しそうに笑う。
「へぇ…色々あるんだな」
 そんな二人に話しかけたのはヤマト。
「あ、お兄ちゃん、噴水があるよ?行ってみよ?」
 少し先の開けた場所にある噴水を見つけた岳がヤマトの手を引っ張る。
「岳、俺も行くっ!」
 大輔が二人の後を慌ててついて行く。
「おいおい…迷っても知らねぇからな」
 太一はすっかり傍観者を決めこむつもりらしい。
「伊織は行かなくてイイの?」
 こちらも傍観者の京。
 少し…かなり冷めきった視線を伊織に送る。
「いえ、僕は…岳さんの浴衣姿が見れただけで十分です」
「あ、そぅ……」
 どこかウットリした伊織の表情に、"選ばれし子供達"…これでいいのか?
 先が思いやられる、と京がため息をつく。
 
 

「ホントにすごいねぇ…」
 岳は噴水の縁に手をついて、水の中を覗きこむ。
「コインをどうぞ」
「え?」
 岳に声をかけたのは、一人の女性店員。
「この噴水に願いを込めてこのコインを投げると、その願いが叶うんですよ」
 ニッコリと笑って、岳に1枚の小さな金のコインを手渡す。
「やってみろよ、岳。願い事、叶うってさ」
 ヤマトも岳の隣りに立って水面を見つめる。
「お願い…かぁ」
 岳はヤマトを見てニッコリと笑い、小さく囁く。
 そして、そのままゆっくりとコインを噴水の泉に投げ入れた。
 それと同時に、ヤマトの表情が柔らかな笑顔に変わった。
「絶対に叶うさ」
 ヤマトはそう言って、岳の頭を撫でる。
「岳?何のお願いしたんだよ?俺にも教えろよ!」
 大輔的には不愉快このうえない。
「えーナイショだよぉー♪」
「ずりぃ!待てよ、岳!」
 楽しそうに逃げる岳を大輔は追いかける。

「…にやけてるぞ、ヤマト」
「!?あ、いや…」
 突然、背後から声をかけられて焦るヤマト。
「…どうせ"お兄ちゃんとずっと一緒にいられますように♪"とでも言われたんだろ」
「………」
 そのにやけっぱなしの顔を見て、図星と判断した太一は、それ以上はあえて何も言わないことにした。

「おいっ、岳、待てよ!」
「もーしつこいよぉー大輔ク…うわぁ…」
 大輔から逃げるのに必死だった岳が、急に立ち止まり、上を見上げる。
「捕まえ…どうした?」
 大輔もつられて、視線を上げた。
「おわ、すげぇ…」
 二人の頭上には幾重にも重なるレーザーが輝いている。
「ここ…さっき、ヒカリちゃんが言ってた教会広場」
 二人の目の前には小さな礼拝堂みたいな物が建っていた。
「きれぇ…」
 岳はその光を見つめて瞳を細める。
「…ホントだな」
 そんな大輔の視線は岳に向けられていた。
「なぁ、岳…俺さ…」
「うん?」
 不意に大きな青い瞳が大輔を捕らえる。
 大輔はその澄み切った青に思わず言葉をなくす。
「あ…あの…」
 あたふたと慌てる大輔と、それをキョトンとした眼差しで見つめる岳。
「いたいた。二人とも。そろそろ時間だよ?」
「あ、ヒカリちゃん、もうそんな時間なの?」
 結局、大輔の言葉は見つからないまま、二人はみんなと合流した。
 

 花火の絶景ポイントとして、岳達は海岸を選んだ。
 といっても、どこもすごい人で落ち着いて花火を見るといった場所ではないのだが…。
「すごい人ね。ボーっとしてたらはぐれちゃ…ねえ、岳君は?」
「「岳!?」」
 ヤマトと大輔の声がハモったと同時に、二人はその場から駆け出していた。
「言ってる傍から…岳らしいというかなんというか…」
 太一は苦笑いを浮かべたまま、二人を見送るしかなかった。
 
 
 

「…ココ、どこ?」
 岳は一人で海岸を彷徨っていた。
「お兄ちゃん…大輔クン…みんな、どこぉ?」
 辺りを見渡してみても、見えるのは見知らぬ人ばかり。
 あまり人混みが好きではない岳にとっては、嬉しくない状況だ。
 とりあえず、人の少ない所に移動しようと歩き出した岳の腕が誰かに掴まれた。
 
 

「岳!」
 
 
 
 

ヤマトの場合

      
大輔の場合