[雪姫]
「ホントにいいの?」
待ち合わせの場所に来た雪流の第一声がコレだった。
「大丈夫だから。いいか、絶対に途中で帰るなよ」
「…うん」
いまいち頼りない返事。
「バイト先(喫茶店)に逃げるのもなしだからな」
「う………わかった」
やっぱり、考えてたな…お前。
「おはよーございます…」
スタジオに入ると、いつも以上に慌しく…
「葉月。来て早々悪いんだけど今日の撮影、外になったから移動するわよ」
俺の顔を見るなり、マネージャーが車に乗るよう言ってきた。
「……だってさ」
「え?私も?」
戸惑ってる雪流に俺は黙って頷き、半ば強引に腕を引いて車に乗せた。
「葉月、これ今日の…あら…アナタ確か…美田嶋さん…だったかしら」
助手席に座ってるマネージャーが振り向きざま雪流に視線を向ける。
「あ、おはようございます」
以前、コーヒーのデリバリーに来た雪流がポツリと呟いた独り言。
"私、マネージャーさんに嫌われてるのかなぁ…"
すごく小さい声だったから、俺には聞こえてないと思ってるはず。
「見学もいいけど、あまり邪魔はしないでね」
「え…あ、はい…」
多分、それ以来。
雪流は撮影現場に来ることを、極端に避け始めた。
「雪流は俺が連れてきたんだ。文句があるなら俺に言えよ」
この二人に何があったのか分からないけど…。
例え誰だろうと雪流を傷つけるのなら、俺は絶対に許さない。
「フフ…文句じゃないわ。注意しただけよ。とにかく、これ今日の服よ」
なんだかムカツク笑顔で手渡された真っ白な服。
「あれ…めずらしいね。こんなシンプルな服」
マネージャーが向き直ったのを確認して、雪流が小声で話しかけてきた。
「そうだな…」
「よかったね。ボタンなくて♪」
「……お前、俺のこと子供扱いしてるだろ」
「してないよ〜」
でも、本当に着るだけのシンプルな作りで、なんか俺好みだ。
「あ、それに真っ赤なバラの花束持ってもらうから」
「……バラ」
「……真っ赤だって…すごいねぇ…」
「俺が持つのか…」
なんか、すごくキザくないか…。
「嫌?けど、きっとすごく似合うよ」
「………本当に?」
俺って意外とお手軽人間なんだな…。
「うん。きっとね、王子様みたいだと思うよ」
「お前、時々、サラッと恥ずかしいこと言うよな」
「え…そ、そうかな?」
「そうだよ…」
二人で笑いあう。
こんな空気がすごく好きだ。
「………」
着替えを終えて、例の小道具を渡される。
やっぱり……なんだか………。
「カッコイイよ、珪v」
「………サンキュ」
まぁ、いいかな…別に。
なんか、今日のメインは服じゃなくてバラらしい。
雑誌の特集で『プレゼントに貰いたい花束』ってやつ。
真っ赤なバラは堂々の1位だった。
「なぁ…お前もやっぱり嬉しいのか?」
バラの香りを幸せそうに吸い込んでる雪流に聞いてみる。
「なぁに?」
「バラ……」
雪流が腕に抱いている真っ赤なバラ。
「え…う〜ん…私は、どんな花でもその人の気持ちがこもってたらすごく嬉しいよ」
「……そうか」
そう言った笑顔がやけに眩しくて…今度、花屋に行こうと決めた。
「葉月君、準備いい?」
「あ、はい」
「珪。これ…がんばってね」
笑顔と一緒に差し出されたバラの花束。
雪流とバラを交互に見つめる。
「どうしたの?」
「いや……花が……」
「?」
お前が笑うと、そこだけ花が咲いたみたいだなんて…。
「………なんでもない」
やっぱり、俺って重症だな…。
「そう?じゃあ、はい、王子サマ♪」
ピンク色のリボンで飾られた真っ赤なバラの花束を、有無を言わせず俺に持たせる雪流。
「やっぱりすごく似合うよ、珪」
「だったら俺だけ見てろ」
「え?」
「いいから…ちゃんと見てろよ」
自分でも、なんでこんなこと言ったのか分からず、混乱したまま撮影が始まった。
『貰いたい花束1位』なら、きっと雪流だって嬉しいんだと思う。
だったら、俺はこの花束を雪流にあげたいと思う。
俺は、雪流以外に花なんてやりたくない。
多数のファンじゃなく、ただ、雪流一人だけ…。
そんなことを考えながら、何十人のスタッフの中から雪流の姿を見つける。
相変わらず、後ろの方にいるけど、約束通り俺を見てる。
あぁ…やっぱり、そうだ。
お前には、真赤なバラの花束よりも、真白なバラの花束がいい。
真白なバラで埋め尽くせば、きっと今よりもっと…お前の笑顔が綺麗になる。
目が合うと、少しだけ頬を赤くして微笑む雪流。
なあ、俺も今、笑ってるだろう?
今まで、仕事で笑ったことなんてなかった。
俺、気付いたんだ。
お前が俺を見てる時は、俺、笑えるんだ。
全部、お前のおかげなんだ。
お前がそうやって笑うから…俺も笑顔を思い出せた。
雪流が俺の傍にいてくれるから…だから、俺は微笑えるんだ。
なぁ、お前は気付いてるか?
…真白なバラがよく似合う、俺だけのお姫様。
………関係ないけど、この号の売上はいつもの5倍近くあったらしい。