海 海 海
どこを見渡しても海だ。
こんなに退屈なのは初めてかもしれないな。
完全に目は覚めて、眠れない。
今、ガーデンはF・Hに停泊している。
勝手に動き出したはいいが、誰にも動かせない。
そのせいでF・Hに激突。
俺達はガーデンの修理が終わるまでここで待つしかなかった。
この俺がこんなに退屈してるんだ・・・きっと、アイツはもっと耐えられないだろうな。
そう思って、ゼルの部屋を訪ねることにした。
―トン トン トン―
・・・返事がない。
寝ているのか?
「ゼル?いないのか?」
やっぱり返事はなかった。
いつもはかかっていない鍵までかけて・・・どこに行ったんだ?
とりあえず、ゼルの行きそうな場所を回ってみることにした。
訓練施設、食堂、図書室・・・思い付く所は全部行ってみたが、ゼルはいない。
・・・どこに行ったんだ?
F・Hに行ってるのか?
まさかとは思っていても、自分の目でゼルの姿を確認しないと落ち着かなくなっていた。
2階デッキまで来た時に、微かな水音が聞こえた。
不意に止まった足元には見慣れたジャケットとバミューダパンツ・・・。
俺は振り向いて、その水音を確認した。
夜の海だというのに、そこは異様に輝いていた。
空に浮かぶ満月の光りが反射し、水面が光っているんだ。
その海に視線を送ると、今度ははっきりと水音が聞こえた。
その音を追って視線を動かし、目的の姿を視界に留めた。
「・・・ゼル」
その名を呼ぶたびに、声が甘くなってしまう。
自分でも気恥ずかしくなるぐらいなんだ、他人が聞けば卒倒ものだろうな。
何に対しても無関心な俺の唯一の関心事。
まさか、自分がこんなに変わるなんて思ってもみなかった。
いつも傍にいたい。
名前を呼んでほしい。
ぬくもりを感じていたい。
自分の力で・・・彼を守りたい。
パシャっという水音で、自分の意識がゼルから離れていたことに気づいた。
慌てて、視線を戻すが視界の先にいたはずのゼルの姿を見失った。
「ゼル・・・どこだ?」
静まり返った水面。心地良いはずの波の音すらも、今は不気味なくらい静まり返っていた。
「ゼル・・・ゼル!返事をするんだっ!!」
血が・・・凍りついていく。
そう感じたのと俺が海に飛びこんだのとでは、どちらが早かっただろうか・・・。
気が付けば、俺はジャケットを脱ぎ捨てて海の中でゼルの姿を探していた。
「(ゼル・・・どこだ!?)」
ゼル・・・もう、お前に触れられなくなるのか?
ゼル・・・もう、お前の笑顔が見られないのか?
そんなのは嫌だ!
彼を無くしたら、俺は生きていけない。
ゼル・・・俺は、まだ・・・何もお前に伝えていない・・・。
目の前に広がるのは暗闇だけ・・・。
何でもいい・・・ほんのわずかなキッカケでいい・・・俺をゼルに導いてくれ・・・。
不意に海を照らす柔らかな月明かりが、雲の合間から差し込む太陽のように力強く感じた。
その光の中で微かに動く影。俺はゼルをこの手に抱きしめた。
「ゼル!ゼル・・・」
かろうじて呼吸はしていた。
それでも、抱きかかえたゼルの身体の冷たさは俺を不安にさせた。
・・・気が・・・狂いそうだ。
早く、その声で俺の名前を呼んでくれ・・・。
俺に・・・笑顔を見せてくれ。
「ゼル・・・目を・・・開けてくれ」
俺のジャケットでゼルの身体を包み、抱きしめる。無くしたくない・・・彼だけは・・・。
「・・・コ・・・ル」
弱々しいが、確かに俺を抱きしめ返す腕。
「ゼル!!」
「あ・・・う・・・あ、あぁ!」
意識が戻った瞬間に、ゼルの身体が震え始めた。
「ゼル!落ち着くんだっ。ゼル!!」
無理やりにゼルの口唇をキスでふさぐ。
震える口唇を割って舌を挿し入れる。
絡めた舌さえも震えていた。
「・・・ゼル・・・大丈夫か?」
「あ・・・スコール・・・オレ・・・」
やっと、いつものゼルに戻った。
「なんで、こんな夜中に泳いだりしたんだ!?」
俺はゼルの震える身体を抱きしめたまま聞いた。
「ちが・・・う・・・オレ・・・わかんねぇ・・・ただ・・・声が聞こえて・・・オレ」
「声?」
「セイレーンの・・・声が・・・」
セイレーンの?
なんで・・・?
そう尋ねようとした時、俺の耳にもはっきりと声が聞こえた。
女とも男ともつかない中世的な声。
『ゼルを・・・返して』
!!!
「セイレーンなのかっ!?」
『スコール・・・ゼルを、私に返して・・・』
ゼルを返せ?
何を寝ぼけたことを言ってるんだ、G・Fのくせに・・・。
『・・・お前は・・・私とゼルを引き裂いた!』
おい・・・何を言ってるんだ?
ちょ、ちょっと待てっ!
それはサイレントヴォイスの呪文・・・本気なのか、この女!?
「やめろよ、セイレーン!」
ゼルが俺を庇うように前に立つ。
こんな時でも、俺を選んでくれるゼルに嬉しくなった。
「・・・スコールが何したってんだよ?ちゃんと言ってくんなきゃ、分かんないだろ!?」
『どうして・・・ソイツを庇うの?ゼルは・・・スコールが好きなの?』
「え、オレは・・・」
それは、俺も是が非でも聞きたい。
「・・・どうなんだ、ゼル?」
俺は後ろからゼルを逃がさないように抱きしめた。
「ちょ、スコールまでなんだよっ!?離せよ!離せったら!!」
耳まで赤くして、まるで子供のように駄々をこねる。
「答えを聞くまで離さない」
『ゼル・・・』
「・・・スコールのこと・・・す・・・き」
観念したのか、ゼルは俯いたまま小さく言った。
俺を、好きだと・・・言ってくれた。
俺は、もう一度、ゼルの身体を強く抱きしめた。
「セイレーン。これで分かっただろう!何を勘違いしてるか知らないが、ゼルは最初から俺のものだ」
『分かったわ・・・ゼルがそう言うのなら・・・でも、私はゼル以外の人間を認めないわ・・・特にスコール・・・あなたはね』
「セイレーン・・・お前、どうして・・・!?あ・・・もしかして?」
『クス・・・ゼル・・・あなたは私が守ってあげるわ』
セイレーンはあろうことか、ゼルにキスをして俺を見下したように笑うと、ゼルの手の中へと姿を消した。
今のは・・・かなりムカついたぞ・・・おい。
「ゼル。もう、セイレーンはジャンクションするな。お前を守るのは俺だ!」
「・・・それ、ダメだと思うよ・・・」
どういうことだ?
俺はゼルの言葉が理解できなかった。
「オレ、いつもセイレーンをジャンクションしてただろ。今まで外したことなかったんだよ・・・でも、今日はスコールがジャンクションしたじゃん・・・多分、そのせいだよ。他の奴がジャンクションするたび、オレ死にかけちまうよ」
「それで・・・引き裂いた・・・か」
「オレ・・・セイレーンも好きだよ」
ゼルの口唇がジャンクションしたセイレーンに触れる・・・俺ですら、ゼルからキスしてもらったことないのに・・・なんなんだ、あの女・・・。
「ゼル。俺にはしてくれないのか?」
いつもなら顔を真っ赤にして言い返してくるのに、それがない。
それどころか、俺を真っ直ぐに見つめ返してきた。
「助けてくれて、ありがとな」
な、な、な、なにが起こった!!??
今、ゼルが俺に・・・キスを・・・。
「無意識とはいえ、海育ちのオレが溺れるなんてさ・・・情けねぇよな・・・本当・・・」
「ゼル・・・?」
心なしか、ゼルの声が震えている・・・。
「ガキの頃なんて、毎日泳いでたんだぜ・・・遅くまで遊んでて、母さんが迎えに来てくれて・・・」
「ゼル?・・・ゼルッ!?」
抱きしめた身体が震えを増す。
「海が・・・あんなに暗いなんて・・・怖かったんだ!一人で・・・暗闇の中、ずっと一人でっ!」
俺のジャケットを羽織った肩を抱くようにゼルは自分の身体を抱きしめた。
「大丈夫だ!ゼル、大丈夫だ・・・」
子供のように泣き出すゼル・・・泣き虫ゼルは変わっていないな。
子供の頃から何も・・・純粋で、素直で、可愛いゼル。
「俺がいるから・・・ゼル!」
「すこ・・・る・・・が?」
「あぁ、ずっと傍にいてやる。もう、一人にはしないから・・・」
俺はゼルの震える口唇にそっと自分のそれを重ねる。
「・・・だから、泣くな」
「・・・泣いてなんか・・・ない」
どう見ても泣いてるのに・・・全く、可愛い奴だな。
俺はゼルの濡れて柔らかくなった髪の毛に口づける。
しばらく、抱きあったままの時間を過ごした。
心地良い沈黙と、触れ合った身体の温かさ。
こんなに安らいだ時間を過ごせるなんて思ってもいなかった。
「・・・綺麗だな」
「ん?あぁ、本当だ。綺麗な月」
「違う。お前のことだ」
「え、あ!?お、男に綺麗なんて言うなよなっ!!」
ゼルは「そんなの、全然嬉しくない」とぼやきながらも、頬を赤く染める。
でも、流れるような金色の髪は月のように輝いて、澄んだ碧い瞳は海のように俺を魅了する。
「そうだ!月見しようぜ!ダンゴたくさん用意してさ!な、しよ!!」
ゼルはさっきまでの涙もどこへやら・・・太陽のような笑顔を浮かべてオレを見つめた。
そんな笑顔を見せられて、俺が断れると思ってるのか?
「・・・そうだな、月見も悪くない」
俺は、海上での生活も、そんなに退屈でもないかと思い始めていた。
次の日、いつものようにジャンクションをしようとしていたら、ゼルがあることに気づいた。
「スコール・・・お前とセイレーンの相性・・・0になってる・・・」
一瞬、あの女の笑い声が聞こえたような気がした・・・。