十八年間、恋をしたことがなかった。
胸の高鳴りやトキメキを感じたことがなかった。
その青年は、恋を探していた。
終わりを知らない嵐のように、激しく荒荒しい運命が彼等を襲おうとしていた。
§1 出逢い
「今日は飲んで飲んで飲みまくれぇ!!」
四月。
この時期はどこも新入生歓迎コンパで盛り上がっている。
それは、親友に誘われて崇史が入ったアウトドアサークルでも同じことだった。
崇史は大学に入っても、これといってやりたい事が見つからない普通の青年だ。
本当に崇史の人生は平和で平凡そのものだった。
実際、崇史自身も、自分の生き方に疑問は持っていたが、不満はなかった。
普通に恋をして、普通に大学に入り、そしてこれからも普通に社会に出て、普通の女性と結婚する。
崇史はそう思っていた。
二次会も終わり、三次会に突入しようという時。
周りは崇史達同様に酔った連中ばかりの通りで、飲屋街の側には必ずといっていいほどあるラブホテルから一組の男女が姿を見せた。
普段なら気にも止めない光景だが、酒の力も借りてか皆一斉に野次り始めた。
口笛を吹いたり、手を叩いたりとやりたい放題だ。
酔っ払いの集団ほど嫌なものはない。
しかし、それは崇史も例外ではなかった。
崇史の視線の先にあるホテルから客が出てきた。
崇史が声を出そうとして息を呑んだ時、それは声にならず吐き出された。
崇史の酔いが勢いよく冷めていく。
ホテルから出てきたのは二人とも男だったのだ。
一人は三十代のスーツ姿のサラリーマン風の男。
もう一人は、崇史とたいして変わらない年の青年。
男は青年に何かを渡すとそのまま立ち去っていく。
その間中、崇史は憑り付かれたかのように青年を見つめていた。
その青年が崇史の方に歩き始めても、崇史の躰は石になったように動かなかった。
そして、俯いていた青年の瞳が崇史を見据えた。
「・・・なに?」
「え?あ、いっ、今、そのっ」
突然、話し掛けられて、まるで子供のようにどもってしまう。
崇史の酔いは完全に冷めていた。
間近で見た青年の顔は、本当に同じ男なのか疑わしいほど均整のとれたものだった。
深い漆黒の瞳が崇史を映し、鮮やかな深紅の口唇がゆっくりと動く。
「・・・あぁ、オレと寝たいの?」
「寝るっ!?」
「・・・違うんだったら、そこどいてよ」
「寝るって・・・お前・・・」
「・・・セックス。知らないの?」
「せっ・・・お前、女なの?」
「・・・おとこ。オレは気持ち良ければ誰でもいいから・・・」
「そんなの違う!せ、セックスは好きな人とするもんだろ?」
セックスは崇史も経験済みだった。
ただ、その行為は男女のものであり、同性ですることではない。
そう思っていた。
この青年の常識感覚が違うのだ。
崇史は、そう決め付けていた。
「・・・そんな風に思うんだ」
青年は崇史の狼狽えぶりを見て瞳を細めた。
そして、ゆっくりと足を進めて崇史の傍に寄った。
崇史とあまり変わらない目の高さ。
服の襟元から浮きだった鎖骨についた薄紅色の痣。
肌の白さや睫毛の長さが暗闇でも分かるほど近くに青年はいた。
その青年の魅力を間近で感じて、崇史の躰に鳥肌が立つ。
「・・・バカみたい」
そう言った青年の口唇が静かに崇史の口唇をふさいだ。
青年の舌が崇史の口唇を割って入り、互いの舌が絡みついた。
その熱さに崇史の躰は火照りを隠せなかった。
柔らかな口唇を離して青年は崇史を見つめて微笑んだ。
「・・・キスもセックスも誰とでも出来るんだよ。オレは男なのに君は感じてる」
すれ違いざまに青年が残した言葉に、崇史の羞恥心が煽られた。
名前も何も知らない、出会ったばかりの男のキスに感じてしまった。
それが女性であれば男として普通の反応かもしれない。
しかし、崇史の常識では考えられないことが起きてしまった。
周りには友達の姿も先輩の姿もなく、きっと三次会に行ったのだろうと、酔いの冷めた頭で考える。
時計を見ると一時を少し回ったところだった。
崇史にはあの青年と、どのくらい話していたのかも分からなくなっていた。
だが、青年の口唇の柔らかさと舌の熱さははっきりと覚えていた。
そして、あの漆黒に包まれた瞳を忘れることが出来なかった。