「お前も、教室に居づらいワケ…竹内?」
「まぁね…。なぁ、鋼って…一人っ子だよな?」
「え…確か、兄さんがいるはずだぜ?俺の兄貴と同期だから…五歳上で、この学校の卒業生。超デキ良かったらしいけど」
「そぅ…」
「何だよ?お前、椎名の家、行ったことあんだろ」
「僕が会ったことあるのは、鋼のご両親だけだよ…」
―カチャ―
「!!」
「…あ…オハヨ…」
バカ…オレ、何で挨拶なんかしてんだよ。
しっかりしろ!
「二人とも、教室にいないから探したぜ?」
「悪りぃ…あの、椎名」
「ん?」
「…その…こないだは…」
珍しく、多久人が口篭もってる…。
大丈夫。
もぅ、オレは傷つかない…。
「…もぅ、怒ってないよ。それに、オレも多久人の気持ち分からなくもないし…」
「椎名?」
「それって…鋼にも好きな奴がいるってことだよね」
…分かった。
早野に側にいて欲しい理由が…。
そう…早野は似てるんだ。
口調や仕草、オレに答えを出させるとことかが…巴兄に。
「…そうだよ」
でも…もう、迷わない。
いくら似ているからって、巴兄と早野は別人。
答えが分かってしまった以上、オレは早野を傷つけなければならないんだ…早野だけじゃない。
多久人も…オレを好きだと言ってくれた二人を、裏切るんだ。
でも、二人を騙すのは、もっとつらいから…。
だから…そうすることが、オレにとって最善の方法なんだ。
二人にとっても…良いことだと思うから…だから、何も隠さずに話そう。
勇気を出して…巴兄が与えてくれた、大きな勇気…。
「オレ、十歳の時さ…初めてセックスしたんだ…っていうか、されたのかな」
「!!!」
「鋼…?」
今考えたら、犯罪じゃん…巴兄ってば…。
「でも…その日から、セックスなしじゃ生きてけなくなった。オレを最高に気持ち良くしてくれるあの人なしじゃ…生きていけない…それに、あの人といると、本当の自分が出せるんだ…」
二人は何も言わずにオレの話を聞いている…呆れているのかもしれない…。
でも、その方がいい…オレを嫌いになってくれるのが、一番いいんだ。
「そいつが、好きなの?」
「好きだよ。オレはあの人しかいらない…あの人しか愛せない…」
「なんでっ!?…なんで、言わなかった?」
オレを…嫌いになってくれれば…。
「まだ、分かんない?オレは…二人を利用しただけ」
「!!椎名…そいつ…誰なんだよ?」
ごめん…多久人…。
もう、何も言えない。
必要なことは、全部話したから…。
「言えよ!それぐらい言えるだろ!!」
「…」
オレは俯いたまま首を横に振る。
…そうする以外、何も出来なかった…。
「…っ」
多久人はオレに向け、手を挙げる。
でも、それはオレにぶつかってこなかった…。
「どうしたのさ?殴ればいいのに…」
「…んなの…出来るかよっ!!好きな奴…これ以上、椎名を傷つけられねぇよ…」
多久人は本気でオレを好きになってくれた…。
だからこそ…殴られてもいいと思ったんだ…本当に。
オレは、それぐらいひどいことをしたんだから…。
「…鋼」
早…野。
「…誰なの?そこまで鋼を夢中にさせる奴って…誰?
「だから…」
「…昨日の電話の人?」
「!!…違っ…違うよ。あれは、オレの兄さんで…」
恐い。
早野は…巴兄と同じ瞳をしてる…。
「お兄さん?…僕は、会ったことないよね…それって、今まで他の場所にいたってことだろ?」
早野は…分かってるんだ…オレの好きな人が…。
「お兄さんに会えなかったから?僕達を利用した?」
「竹内!?何、言って…」
二人は…オレを見つめる…。
疑惑、困惑、そして…軽蔑。
「そうだよ…多分、早野の考えてることは当たってる。オレが好きなのは…兄さんだよ」
「…じゃあ…椎名は…兄貴を…自分をレイプした兄貴が好きなのかよっ!?」
レイプ…そうかもね…。
でも、オレは…巴兄だから好きになったんだ。
巴兄だから…抱かれたいと思うんだ…。
「そうだよ…でも、それを言うんだね…オレをレイプしたのは巴兄だけじゃないだろ…」
言葉が、返ってこない…。
当然…か。
「二人ともさ…カッコイイし、女にだってモテるんだからさ…男のオレじゃなくたっていいだろ?」
本当に…なんで、オレなんだよ?
分かんないよ…。
「それに…オレは…二人が思ってる程、キレイじゃないから…オレに、理想を押しつけるのは…やめてくれよ…」
もう、この場にはいたくなかった。
オレは、屋上のドアを開ける。
階下へと続く階段。
これを降りてしまえば、二人の所には戻れなくなる…。
それでいい…。
それが、オレの選んだ答えなんだから…。
「…マジに?…嫌な予感的中…二人とも、玉砕かよ」
「鋼は…幸せなのかな?」
「どうせお前は…椎名が幸せならそれで良いってんだろ!?」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「あ?いつもクールな竹内クンが、珍しい」
「鋼が幸せなのは嬉しいさ。でも、鋼を幸せにするのは…僕だ」
「俺だろ…ん?誰だ?すっげ、モデルみてぇ」
これで、いいんだよな。
これで、オレは巴兄の所へ戻れる。
「始業式…始まっちゃった」
どうせ、すぐ終わるし…教室で寝とくかな。
誰もいない廊下の窓から校庭を見渡す。
もう花をつけていない枯葉だらけの桜の木…ん?
あれは…!!
「…おい、竹内」
「何?」
「あれ、椎名だろ!」
校庭に見えた姿。
オレは上履きのまま、外に出た。
「巴兄!」
「鋼?なんで、今ココに来れるかなぁ…始業式、サボったな」
巴兄は驚いた表情の後、すぐに、いつもの笑顔を見せてくれた。
「見逃してよ。色々あったんだから…」
「ちゃんと、言えた?」
「…うん」
「偉いね…帰ったら、ご褒美あげるよ」
巴兄はオレの頬に触れる。
軽い目眩…。
巴兄にとっては、ほんの些細なことかもしれない…でも、オレには最高の媚薬。
「じゃあ…」
オレは校庭を見回す。
最近、人の気配に疎いから、気を付けなきゃいけないよな…。
「ちょっとだけ、今ちょうだい」
巴兄の首に腕を絡めて、口唇を近づける。
「友達に見られても、知らないからな」
「ん…」
「アレかよ…兄貴って」
「今、鋼から…キスしたな」
「椎名だって、本気なんだろ…」
「…そうだね」
「どうしたの?巴兄」
「これ、忘れ物」
目の前に差し出されたのは…お弁当?
あ!そっか、今日の放課後、ミーティングするんだっけ…。
「…巴兄が作ってくれた?」
「味は保証する」
巴兄の料理は、本当においしくて、大好きなんだ。
「サンキュ。ねぇ、もう、帰るの?」
「ついでに先生に挨拶しとこうと思って…鋼もおいで…っと、今は無理か…あ!保健の川島先生。まだいる?」
「…いるよ」
「じゃあ、お茶もらいに行こう」
「…うん」
でも、オレはあまり、気乗りしなかった…。
川島先生は29歳の保健の女医さん。
美人で優しくてサバサバした性格で…当然、先生や生徒の中にはいっぱいファンがいる。
オレだって、先生のこと嫌いじゃない。
でも…もしかしたら、巴兄も先生のこと…とか、考えちゃって…ダメだ!
全然、ダメ!
何考えてるんだよ。
巴兄はオレを愛してるって言ってくれた。
そう…巴兄を信じなきゃ。
「あら!珍しい…有名人が兄弟揃って」
「有名人?」
巴兄がオレを見つめる。
ヤバイよ、オレ…悪い意味での有名人だから…。
「そぉよ。この子ってば綺麗な顔してるくせに、やたらと顔に傷作ってくるんですもの。修復させるのが大変なのよ」
川島先生は喋りながら、オレ達に椅子を勧める。
「オレは悪くないよ。あっちが勝手に絡んでくるから、オレは抵抗してるだけだもん!」
「ま、そんな綺麗な顔して、男子校に来た鋼君の運命ね。でも、ホント…兄弟で正反対の性格してるわよね」
川島先生は笑いながら、コーヒーを差し出す。
先生のいれたコーヒーはおいしい。
オレが保健室に来た時は、いつもいれてくれるんだ。
「ハイハイ。どうせ、オレは巴兄みたいに社交的じゃないですよ」
「う〜ん…それもあるけど、鋼君は真直ぐなのよね」
「…それは、俺がひねくれてる…と?」
巴兄は軽く笑いながらコーヒーを飲む。
「巴君は、アレじゃない。精神的に弱かったから。…でも、今は大丈夫みたいね」
「おかげさまで」
…何?
オレには分からない会話。
ヤダよ…そんなの…。
なんだか、全然、落ち着かない…。
「そっか、ついに行くんだ。イタリア」
「えぇ…今月中には発ちます。先生には、報告しとこうと思って」
「そっか…鋼君も行っちゃうんだ。怪我の手当てさせてくれる人がいなくなるなんて、寂しくなるわ…鋼君?」
「…鋼?」
巴兄の声…。
なんだか、遠いよ…。
「鋼」
「…!?え?あ、オレ?何?」
ヤバ…何も聞いてなかった。
「!…分かった。巴君が相手してくれないから、妬いてるんでしょ」
「!!違っ!オレ…」
…図星…。
だって、さっきから巴兄は川島先生とばっかり話してる…。
もう、ヤダ…。
泣きそうだよ…オレ。
「鋼君ってば、可愛すぎなんだから!本当に分かり易い性格よね」
オレは川島先生に抱きしめられる。
先生はいつもそう…冗談半分にオレをからかって遊んでるんだ。
…情けない…オレって、顔に出るのかな?
「センセ。いつまで抱きしめてるの…俺の目の前で…」
巴兄の言葉を遮るように、チャイムが鳴った。
「…あら。今からがいいところなのに、残念。私、行かなきゃ…鋼君、少し熱っぽいみたいだから寝ときなさい。巴君、鋼君の熱上げるんじゃないわよ!!」
先生はバインダーで巴兄を指して、保健室から出て行った。
「あ!巴君。夢が叶って良かったじゃない」
そう、言い残して。
「相変わらずだな…川島先生」
「ねぇ…夢って何?巴兄の夢は空間デザイナーになることだろ?でも…」
「…川島先生は俺のカウンセラーだったんだ。最初は全然そんな気なかったんだけどさ。先生、あんな性格だろ。言わざるを得なくなって…俺が鋼のこと好きなことも、全部知ってる」
「それじゃあ…」
「…鋼が側にいてくれることが、俺の一番の夢」
巴兄は照れくさそうに前髪をかきあげる。
指を通る、サラサラの髪…。
巴兄に触れたい。
自分の行動を押さえるので精一杯になる…。
なんか…オレも…早野や荒木と変わらないや…。
巴兄を見てると、自分が自分でなくなっていく。
オレの心を掻き乱す…抑えきれない独占欲。
「ねぇ、巴兄?オレさ…変なのかな?巴兄は男なのに…オレ…」
オレ、知ってるんだよ。
今まで、巴兄はいろんな奴に告白されてた。
オレよりもずっとカッコイイ男や綺麗な女。
多分、京都にいた時も同じだったと思う…。
巴兄はそういうこと、全然、話さないから…不安なんだよ…。
巴兄は、本当にオレでいいの?
…本当に?
「…鋼?」
「巴兄は…どう思う?」
「…変…かもね」
…巴兄?
「俺も鋼も男だし。兄弟だし…変っていえば、十分変だろ」
…でも…オレは…。
「『でも、オレは巴兄が好きなんだ』?」
「!!え?あ…オレ、今、口に出した!?」
「鋼の考えそうなことぐらい、予想がつくよ」
そんなの…ズルイ…。
「ん?」
そんな顔で見ないでよ。
子供みたいな…無防備な笑顔…何も言えなくなるよ…。
「鋼…もし、人に変って言われたとするよ。どうする?」
「どうするって…オレは巴兄が好きなのに…人に言われたぐらいで、この想いは変えられないよ!そんなに簡単に変わらないっ!」
「…な。どうしようもないだろ。自分の気持ちは変えられない。鋼、言ったよね。最後に残るのは、俺を好きな想いだけだって…」
「オレね…巴兄と離れたくないんだ…離したくない…。一秒でも長く、一緒にいたい。どんどん、自分がワガママになっていくよ。どうしよう…」
「だったら、それでいいんじゃないの?俺は別に鋼を我侭だとは思ってないけど…」
「ヤダよっ!オレ…巴兄は…もてるし…自信ないよ…」
どうしたんだろ…オレ、本当に変だ。
いつもは…こんなこと考えたりしないのに…なんで…?
巴兄を、独占したい…。
「鋼」
巴兄はオレの口唇をふさぐ。
…キス…もっと…止まんないよ…。
「…とも…え」
巴兄に抱き上げられて、ベッドに横になる。
ヒンヤリとしたシーツが気持ち良い。
「…今日はダメ。もう、帰るよ」
「なん…で?…や…だ」
「やだじゃないの。熱、ひどくなってる…」
「巴に…」
…側にいて…。
一人にしないで…。
「大丈夫。すぐ、帰って来るから…な」
頬に軽く巴兄の口唇が触れる。
「川島先生」
「ん?巴君…何?ベッドは貸せるけど、学校ではしないでよ」
「…そこまで、節操ないワケじゃないですから…っと、そうじゃなくて。鋼なんだけど、だいぶ熱あるみたいだから、早退させるから」
「そう…じゃ、鋼君、Cクラスだから、鞄取ってきてちょうだい」
「俺が行くの!?」
「お兄さんでしょ。当然!ほら、愛しい鋼君が待ってるんだから!急いだ、急いだ」
「ちょっといいかな?椎名鋼の席、教えてくれる?」
「椎名の席なら、あそこ。窓際の一番後ろ」
「どうも」
「アンタ…椎名の兄貴?」
「…だったら?」
「宣戦布告しとこうと思って」
「あぁ…君が、荒木多久人君。で、そっちの彼が竹内早野君…かな?」
「そういうこと」
「偶然って恐いね…でも、今は君達に構ってる暇はないんだ。話がしたいのなら、今度、お茶でも飲みながらにしてくれないかな」
「…と…もえ」
巴兄に触れたい。
伸ばした腕が空中で彷徨う。
「ここにいるから」
巴兄の手…冷たくて気持ち良い…違う…あぁ、そうか…オレが…熱いんだ…。
頭がボーとしてる…。
?…オレ、どうしたんだっけ…。
瞳をゆっくり開ける…オレの部屋?
…そっか、学校で熱出して…巴兄が連れて帰ってくれたんだ。
ん?
眩しい…何?
オレの視界に飛び込んできたのは…窓越しに見える月…大きな月。
まるで、初めて巴兄に抱かれた夜みたいな…月。
「…巴兄」
巴兄はベッドの横に座って、オレの手を握っていてくれた…。
巴兄の温かさ…。
オレは眠っている巴兄の頬にキスをする。
「ん…鋼…起きても平気?」
巴兄の口唇…触れたいよ…。
「平気だよ。巴兄が側にいてくれたら…」
巴兄はオレの伸ばした手を避けるように立ち上がる。
「俺は、自分に自信のない奴は好きじゃない」
「!!」
それは…オレ…のこと?
さっきのオレ…自分の弱さを巴兄のせいにしてた…。
「熱のせいだなんて言わせないよ」
「そんなこと…っ」
心を見透かされてる…って、いつも思う。
巴兄には、かなわない…。でも。
「違うよ…熱のせいなんかじゃない…いつも、思ってたんだ…。心の奥底に引っ掛かってたこと…どうして?オレは巴兄のこと、全然知らない…なんで?知ってることは、ほんの少し…。人から聞いたり、自分で気付いたり。巴兄からは、何も聞いたことがないよ」
「俺のこと、そんなに知りたい?」
「…過去は…いらない…オレの知らない奴の話なんて聞きたくない…。でも、これからのことは、全部知りたい!」
…やっぱり、オレは弱い。
土壇場になって、答えを聞くのが恐くなった。
オレを否定した真相…オレはこのまま、否定されてしまうんじゃないか?
そんな…想いがよぎる。
「いいよ…なんでも話してあげる。鋼が望むこと、不安にならないように…大丈夫。鋼が恐がることなんて何もない」
「…約束…だよ?」
立てた小指を巴兄に差し出す。
子供じみた約束…自分でも分かってる。
でも、なにか…確かなものが欲しかった。
そして…結ばれた、約束。
「約束する…でも、それじゃ…オレには何のメリットもないな…」
え…?
「そうだなぁ…じゃあ…気持ち良くしてもらおうかな」
口唇が触れ合うだけの、一瞬のキス。
「え!?あ、あれ…?」
「こないだ出来なかった分、今してよ…俺も鋼を欲しがってる…」
重なり合う口唇。
でも、それだけじゃ…満足しないからね。
もっと、オレを愛してくれなきゃ、イヤだよ。
オレは、巴兄だけを愛してあげる。
いつも、巴兄のことだけ考えてるんだよ。
巴兄だけを見ていたいんだ。
「うん…オレも…巴兄に触れたい」
月が…オレを見下ろす…。
このカンジ、好き…。
明るい月明かりの下で、巴兄に抱かれるの…。
月は…いつも、オレを…オレ達を見ている。
今まで…オレは、月が嫌いだった。
巴兄に抱かれる時は、いつも、月がオレを見下ろしていたから…。
カーテンの隙間から洩れる月光が…オレの心に突き刺さっていたから…。
でも、巴兄がオレの目の前からいなくなった日…オレは、一晩中ベランダで泣いていた…。
その時、月はオレを抱いていてくれたんだ…ずっと。
いつもは冷たい月光が、暖かかった…巴兄みたいに、オレを抱きしめてくれた。
初めて、月を見つめた…対等に…見上げても見下ろしてもいない…。
冷たかったり、暖かかったり…そんな月を、好きになったのは…きっと、その頃…。
「…おいで、鋼」
そして、今も…変わらない気持ち。
「ふっ…は、ぁ…とも、え…」
「っ…ん…もぅ、いいよ…」
巴兄はオレの顎を人差し指でしゃくる。
「と…もえにぃ?な…に?」
でも…巴兄、まだだよ…?
「鋼…ほら…自分で、いれてごらん」
え…?何…オレ…が…?
「そんな…の…無理」
「じゃないだろ」
巴兄はオレの躰を抱き起こす。
そのまま、巴兄の…欲望の上に突き落とされた。
「!!ひぁっ…あ、あ!やだっ…痛っ…やぁ…」
思わぬ苦痛に顔が歪む。
「痛い?自分で動かなきゃ、もっとキツイよ。ね」
巴兄はオレの腰をつかんで、オレの躰を上下させる。
「や!あ、あぁ!やだぁ!!やめて…あっ」
でも…やめないで…巴兄なら、何をされてもいい。
「…あ、ね…お願い…前も…いじって…ねぇ」
「はが…ね…いかせてあげる…」
「巴に…気持ちい…いよ…オレ…ダメ、あ…やぁ」
なんで…オレ、涙?
痛さ?
…ううん…違う…巴兄に愛されている…巴兄の愛に満たされている、喜び…嬉しさ。
「俺…も、いかせてよ…!」
「…いい…よ…オレが、巴に…を…気持ち良くして…あげる…っ」
巴兄に口唇を押しつける。
瞳に、頬に、口唇に…深い口づけを…。
息が出来ないほど、深く、熱く…激しく。
巴兄を受け入れたまま…。
「ね…気持ち…良い?」
「…いいよ…でも、まだ…足りない」
「っ…やっ!な、に!?ひぁっ!!」
巴兄はオレの腰を持って、上半身を起こす。
「や!…あ、な…に?ダ、メ…とも、え…すご…い奥まで…や…なんっ!?」
こんな…の…どうしよ…。
なに…これ…オレ、どうなるんだろ…?
「あ…やっ、も…ダメ!苦し…っ。はっ…あぁ!!…ごめっ…オレ、巴兄…気持ち良くしてあげ…よって思、たのに…もぅ、オレ…」
巴兄の背中にしがみつく。
気持ちが良すぎて…変になりそうだよ…。
「もうダメ?…いいよ…俺も、同じだよ…ほら…鋼」
巴兄はオレの口唇を吸う。そして、オレの両膝を軽く開かせる。
「く…っん…あ、そんなに…しちゃ…ダメ、あ…っう」
自分の躰が変になってる。
巴兄に動かされなくても、躰が勝手に反応してる…。
巴兄を…オレを、気持ち良くさせるために…。
「どうしよ…これ、とまん…ない…とも、えに…とまんないよ…」
「気持ち良いんだろ?…俺だけだ…こんな鋼を…愛せるのはね」
巴兄の声。
耳元から躰の芯を熱くさせる。
「ん、あぅ…オレ、いく…も、がまんでき…な…と、もえっ!」
視界が…意識が…飛んだ…。
「…ックシュン!…熱い…けど、寒い…」
…風邪なのに、一晩中、裸でいたせいか…オレの熱は三九度を超えていた。
「あ〜あ。風邪、ひどくしちゃって…今日は学校休みなよ」
巴兄は体温計をケースに直しながら、オレと額をくっつける。
「巴兄が…ひどくしたんだ…絶対、そうだ…」
「温めようか?人肌で」
「今は…ダメ…うつっちゃうから…」
「じゃあ、しばらく、おあずけだね」
巴兄はオレの耳元で意地悪くささやく。
「でも、風邪の時って…汗かけば治る…んじゃなかったか…な?」
「汗かいたままだったら、治るものも治りません。とにかく、今日は寝とくコト!」
「は〜い」
11時。
いつもなら、黒板に向かってアクビしてる時間。
巴兄は、買物に行っちゃったし…退屈〜。
ヒマ〜。
巴兄、早く帰って来てくれないかな…。
「…ん…ノド乾いた…」
ジュース、あったよな…確か。
カラカラとガラガラのノドを押さえながら、階下のキッチンに足を運ぼうと、部屋のドアを開ける。
…うわ…ヤバ…階段がぼやけてるじゃん…もしかして、オレって…思ったより重病人?
マジ…で…ちょっとヤバイか…も。
「ただいま…って、鋼!?何してんのっ!」
「あ…とも…え!?」
オレの視界から巴兄が消えた。
ついでに言うと、足が床についてない…。
あ〜…落ちたら痛いだろうな…。ま、しょうがないか。
「鋼っ!!」
オレは…落ちる前に、巴兄に抱きとめられていた。
とりあえず、助かったんだよ…な?
「…お帰り…巴兄」
「あ〜!もぅ、お前は!寝てろって言ったろ!?」
…珍し…巴兄の顔色が変わってる…。
「…心配した?」
「したに決まってるだろ!」
「…じゃあ…ずっと、側にいて…ね」
巴兄の胸に顔をうずめる。
あったかい…巴兄に抱かれるの…好きだよ…。
「…鋼…十日後、日本を発つよ。それでいい?」
空港に電話をした後、巴兄はオレを問うような瞳で見つめた。
「うん」
早く、ココから離れたい…。
誰にも邪魔されずに、巴兄と一緒にいられる…。
結局、熱が下がらなくて、オレは三日間も学校を休んだ。
今日は学校に行かなきゃ。
先生にイタリアのこと言って、退学届けも貰わなきゃいけない…一人で出来るかな…最近、巴兄に甘えっぱなしだからなぁ…。
―トントントン―
「鋼、起きた?」
ノックの音と一緒に巴兄の優しい声が耳をくすぐる。
「起きた…」
「…なぁにか、不機嫌だね?どうした?」
不機嫌かなぁ…確かに、ちょっと拗ねてるけど…。
「…なんでだろうね?」
本当は巴兄だって知ってるくせに…。
もぅ…四日もキスだけ。
巴兄に触れたいよ…。
「…ハイハイ。今日、帰ってきたらね」
目蓋の上に軽いキス。
巴兄との約束…今夜の約束。
「本当に…?」
「風邪治ってないなら、まだダメ」
「治った!もう、風邪なんて大丈夫だからっ」
だから、オレを愛して…。
「…いいよ。四日分、愛してあげる」