「鋼…俺はどこにも行かない…鋼の側にいるよ」
「…ん」
「っ!!…夢」
真夜中に目が覚めた。
パジャマは汗で濡れていた。
頭を冷やそうと思って、ベランダに出る。
火照った躰に冷たい夜風が心地好く頬をくすぐる。
最近、毎日のように見る夢…あの人の夢…。
以前にも同じ夢を見続けたことがあった。
でも、しばらくは見てなかったのに…。
空に浮かぶ鋭い三日月がオレの心を突き刺す。
冷ややかな笑みを浮かべながら…。
「これは…罰…なのか?」
早野と多久人の気持ちを…オレは、裏切っている。
四月…桜の花が舞う校庭で、オレは早野に抱かれた。
七月…咽せるような熱気を帯びた教室で…多久人に…。
でも、二人のオレに対する想いを利用し、弄んだのは、オレ…だ。
オレは抱かれたかったのかもしれない…。
そうすれば、あの人を思い出せるから…。
そう…オレは、以前にも、抱かれたことがある。
初めて抱かれたのは…あれは、六年前の夜…。
「?…どうし」
言葉を言い終える前に、オレの口はふさがれた。
「や…ぁ…っ!!」
有無を言わせず、オレの中に侵入してきた。
躰中に電気が流れた。生まれて初めて知る痛み、苦しみ、そして…解放感…目の前が、真っ暗になった。
・・・月が、オレを見つめていた…。
その時以来、オレは自分から求めるようになっていった。
あの人にとっては、ただの気紛れ…遊びなのかもしれない…。
でも…そのうち、オレを支配する、不思議な感情に気付いた。
この感情の正体が何かは分からなかった…。
でも、それ以上に…この何物にも変えがたい…快感。
その快感を求め続けた…。
そして、溺れ続けた。
毎夜、毎晩、夢遊病者のように…。
オレは月光を浴びながら抱かれ続けた。
ベッドの上で、毎夜、毎晩…。
あの人に…実の…兄に。
秋の夜は月の見せる夢に酔おう―The
Season For Love―
オレには五歳年上の兄がいる。
大学で建築設計の勉強をしていて、今は、離れて暮らしている。
共働きで留守がちだった両親の代わりにオレを育ててくれた。
オレの育ての親の巴兄。
そのせいか、オレは極度のブラコンで、いつも、巴兄の後を追いかけていた。
巴兄…オレは巴兄さえいてくれれば、それで良かった。
巴兄は全教科全国三位以内に入る頭脳の持ち主で、どの大学も巴兄の引抜きに必死だった。
でも、巴兄はどこの誘いにも乗らず、イタリア留学を希望していた。
空間デザイナーの勉強をしたいと言って…。
オレは、どっちも嫌だった…。
巴兄は俺を忘れてしまうんじゃないか…。
そう思ったから。
どうせ、オレを忘れてしまうのなら、せめて遠くより近くにいたい、いて欲しい。
だから、オレは巴兄に留学は止めてほしいとお願いしたんだ。
「…鋼は俺の味方だと思ってたんだけどなぁ」
その話をした後、巴兄は読んでいた本を閉じ、オレを見つめた。
その瞳が持つのは、驚きと、オレを惹き付ける魅力…。
「イタリアなんて、危険だよ!?勉強なら日本でだって出来るでしょ?」
「…日本の技術じゃなくて、海外の歴史的な建築物を研究したいんだ」
巴兄は本気で夢を追ってるんだ。
オレにそれを邪魔する権利があるワケがない…。
それでも…それでも…オレは。
「…行っちゃ、ヤダよ」
オレは巴兄の首に腕を絡ませて、自分からキスをねだる。
「俺と、離れるのが寂しいの?」
「…」
返事はしない。
その代わり、巴兄に躰をあずけた…。
「京都に…建築学に力を入れてる学校があるんだ…東京と京都、それ位の距離なら平気だろ?」
「え…」
「鋼には負けたよ」
巴兄は軽く微笑んで、オレの鼻先にキスをしてくれた。
「鋼…俺はどこにも行かない…鋼の側にいるよ」
「…ん」
「…会いたいよ…」
夜風がオレの心を凍らせていくみたいだ…。
「誰に会いたいの?」
後ろから抱きしめられた。
その声はオレの記憶を鮮明に思い出させた。
初めて人に愛され、人を愛した日々…。
「!!!…巴…?」
その名を口にすることは、もうないだろうと思い始めていたのに…。
視界が狭まっていく。
涙で滲んだ…暗闇に浮かぶ三日月。
「な…に?これ…夢?」
「夢じゃないよ…証拠、見せようか」
巴兄はいまいち状況がつかめていないオレの唇を奪う。
早野とも荒木とも違う、優しさの中に秘めた激しさ。
…夢じゃない…巴兄だ…。
「鋼、会いたかった」
パジャマのボタンが一つずつはずされていく。
オレはそれを拒まない…止めてほしくないから…。
「とも…え…」
…分かってる。
抱かれちゃダメだってことぐらい。
オレは…巴兄に抱かれてはいけない…。
でも…それでも、オレは巴兄を欲しいと思ってしまう。
巴兄が好きなんだ…多久人以上…早野…以上。
「…はぅ…っあ…ぅん」
隙のない愛撫が繰り返される。
巴兄はオレの躰の癖を全部、知り尽くしている。
感じ易い箇所…集中的に、尖らせた舌で愛撫を受ける…呼吸を忘れてしまう。
空気を求めて喘ぐオレの乾いた口唇を、巴兄の舌が濡らす。
オレをじらしているのが分かる…。
涙が止まらない。頬を滑り落ち、唇を伝い首筋へと流れる。
それを追うように、巴兄は指を動かす。
「もぅ…あっ!…早…く」
オレの言葉を待っていたかのように、愛撫を止めて巴兄はオレを見つめる。
「…ずっと…鋼が欲しかったんだ…」
巴兄はオレの両膝を軽々と持ち上げ、肩にかける。
早野や多久人に抱かれた時、自分の非力さを思い知らされた…瞬間。
でも、巴兄に…そう思わされたことは一度もない。
「ひっ…っく…ぅあ…っ」
巴兄を受け入れる…。
言葉が喘ぎに変わると同時に、苦しみも変わる…喜びに…。
「んっ…ぅん…もっ…と…」
巴兄の首に腕を伸ばし、口唇を引き寄せる。
オレの無理な動作で、巴兄は…より深く俺に侵入することになる…それでもいい。
それがいいんだ…もっと…もっと、オレを愛してほしい…。
「オレを…愛して…!!」
―PPP―PPP―PPP―
「…ぅ…ん」
目覚ましの音が、心地好い眠りの世界から現実の世界へオレを引きずり戻す。
今日は、もうちょっと寝ていたいんだ…この、幸せな夢を、もっと見ていたい。
オレは枕に顔を埋めたまま、不快音を発している目覚まし時計に手を伸ばす。
―PPP―PP―
!…止まった…?なんで?
オレは、まだ、目覚まし時計に触ってないのに…。
―!!!―
枕から顔を離し、上半身だけ起き上がる。
「起きた?」
すぐ隣りでオレを見つめる瞳。
「!!…」
肩に掛かっていた布団がずり落ちる。
夢じゃ…なかった。
…巴兄…オレの…巴兄。
「…本…物?」
声が震えてる…。
嬉しくて、泣きそうだ…。
「偽物に、キスされたい?」
「…ううん…本物がいい」
オレは巴兄を抱きしめる。
「えぇ!?」
朝早く、家族が揃ったリビングで、巴兄から信じられない発言があった。
「と、巴。本当なのか!?」
「どうしてそんなこと!?」
父さんも母さんも目を丸くして巴兄を問い詰めてる。
オレだってそうしたい…でも、呆然として、動けなかった。
「大学、辞めたの?」
どうして?
心に浮かぶ疑問。
その半面、一緒にいられるかもしれないという、喜び。
「違うよ、卒業に必要な単位は取ったって事。うちの大学は必修が少ないからね。それで、イタリアに行こうと思うんだ。今の日本の技術じゃ、物足りない…」
!!…な…何?
「それに、鋼も一緒に連れて行きたい」
巴兄は…今、なんて?
オレを…連れて行…く?イタリアに?
「巴!何を言ってるんだ!?鋼は高校に入ったばっかりなんだぞ?」
「本当は鋼が高校に入る前に言いたかったんだけど、鋼は向こうの学校に通わせる。お金は俺が工面するから」
「そうは言っても、いくらいると思ってるの!」
「向こうはそんなに物価が高くないし、これだけあれば、何年間かは暮らせるよ」
巴兄は通帳を二人に見せる。
それを見た瞬間、父さん達が口を閉ざした。
…そんなに、あるの?オレは二人の間から通帳を覗く。
えっと桁が六、七、八…?って!!…なん…だ…この額!?
「巴兄、このお金…どうしたのさ!?」
「…留学費用にガキの頃から貯めてたからね。それに、趣味でやってた株ほとんど売り付けてきた」
株って…。
それにしても、多すぎるよ…。
「…しかし、イタリアなんて…行ったこともない場所で…大体、なんで鋼を連れて行く必要があるんだ!?」
「行ったよ。先月、行ってきた。学校も就職先も家もちゃんとした所、見つけてきた。鋼を連れて行くのは、俺のワガママ。俺一人だと寂しいから…これで、イイ?」
巴兄は軽く笑いながら、鞄から書類を取り出して、机の上に置く。
イタリア語で書かれた文字…。
全然、現実感がない…オレはまだ夢を見ているんじゃないのか?
もし、そうなら…それは、ひどく幸せで甘い夢。
そして…起きてしまえば残酷な夢。
「鋼は、どうしたい?」
巴兄の声…瞳はオレを見つめている。
…夢なら、覚めるな。
夢でもいいんだ。
巴兄と一緒にいられるなら、夢でもいい。
「オレ、行きたい!巴兄とイタリア行きたい!!」
迷うことなんてなかった。
オレは巴兄と一緒にいられるだけで幸せなんだから。
「…とりあえず、今日、帰ってからもう一度、話そう」
父さんは時計を気にして、朝食のパンを口に入れ、玄関に行った。
「巴。考え直せない?」
母さんは化粧を直しながら、鏡と巴兄を交互に見つめる。
二人とも、巴兄を行かせたくないんだ。
三年前のオレのように。
でも、今回は…。
「…無理だよ。俺の昔からの夢なんだ」
そう…巴兄の夢。
三年前、オレが邪魔をした…夢。
でも、今は、巴兄が夢を叶えるのを手伝いたい。
母さんも仕事に行って、家の中はオレと巴兄の二人だけになった。
オレはコーヒーカップを両手で握りしめたままうつむく。
なんて言えばいいんだろう?
「鋼。さっき言ったこと、本当?」
巴兄はオレの正面に座って、頬杖をついた。
「え…さっき…」
イタリアの…こと?
「本気だよ。オレ、巴兄と一緒にいたい」
「…それで、いいの?もう、日本に帰らないかもしれないよ?」
「いいよっ!オレは巴兄の側にいられるんなら、他に何もいらない!!」
オレは巴兄の口唇をキスでふさぐ。
そうしないと、オレの想いが爆発しそうだったんだ。
今すぐ、巴兄を連れ出したい…。
誰もいない、オレと巴兄だけの世界に…。
朝食を食べた後、自分の部屋に戻って、ベッドに俯せに横になる。
頭の中は巴兄のことでいっぱいだ。
嬉しくて、どうしても顔が綻んでしまう。
「巴兄と一緒にいられる」
思わず、枕元にあったヌイグルミを抱きしめる。
「…あ…」
ヌイグルミを見つめた瞬間、夢から現実に引き戻された。
早野から貰った、ヌイグルミ。
…早野…そう、オレは早野達を裏切ったんだ。
自分で考えるなんて言っておいて…結局、二人のどちらかを選ぶなんて出来なかった。
自分が一番傷付いたみたいなことを言って、オレが二人を傷付けるんだ…。
オレは、二人が思ってる程、純粋じゃないし、強くもない。
その逆だよ…汚れてるし…弱いんだ。
だから、強い奴を利用して生きる知恵を得た。
そして、最後に辿り着くのは、たった一つの幸せ…巴兄のいる場所…。
オレは自分勝手でワガママで…二人は、きっと、オレのことを許さない…。
「…明日…か」
「何かあるの?」
巴兄の声に反応して、ドアの方に寝返りをうつ。
…どうも、オレは人の気配に気付くのが遅いらしい…。
そんなに鈍かったかなぁ?
「学校…友達出来た?」
「友達?…出来たよ」
「…それでも、いい?日本を離れるんだぞ」
巴兄はオレの隣りに座る。
「…何でそんなこと、聞くの?」
オレはヌイグルミを離さずにいた…手持ち無沙汰になりそうだったから…。
「鋼が、つらいんじゃないかと思って…」
巴兄はオレが一緒にいなくても、平気なの…?
巴兄はドアを見つめたまま話す。
それは、困ってるんだよね…照れ隠しだよね?
そうだよ…ね?
「…そんなの…巴兄と離れる方が、何万倍もつらい…巴兄は…違うの?やっぱり…オレとは…遊びなの?」
オレは巴兄を見つめる。
今のオレ、どんな顔してるんだろう?
多分…泣きそうだ…。
オレは、巴兄に甘えてる…自分でも、分かってる。
巴兄の前だと自分が弱くなっているのが分かる…情けないくらい。
…それが、無意識なのか、故意なのかも分からない。
「…どうかな」
今にも消えてしまういそうな、優しくて、不思議な微笑み…。
巴兄が意地悪なのは知ってる。
いつも、オレに答えを出させる。
オレは、巴兄の本心を聞いたことがないのかもしれない…だから、巴兄の言葉は一言一言、聞き逃さないように…その中から、答えを見つけるんだ。
でも、一言。
…たった一言でいいから…オレを好きだと言って欲しい。
「ズルイよ…」
ヌイグルミがオレの手を離れ、ベッドから落ちた。
でも、それを拾おうとはしない…拾えない。
今、頭にあるのは巴兄のことだけ…。
オレは巴兄の両足の上に跨がり、口唇を奪う。
舌を絡めて、お互いを奪い合う。
飲み切れなくなった唾液が口唇に絡みつく。
「…して欲しいの?」
巴兄は、一度、オレから躰を離す。
そして、右手でオレの頬に触れる。
巴兄に触れられた所が熱を持っていく…。
その熱は、躰中に広がっていく…。
「欲しい…巴兄が…欲しいよ…」
オレは巴兄の肩に両腕を回す。
…思い知らされる…自分の欲望の限りなさ…。
そして、それを止めることは、巴兄以外…もしかしたら、誰にも出来ないのかもしれない…。
「ねぇ…早く…」
巴兄のうなじに口唇を押しつけ、強く吸い上げる…。
なんで、キスマークを付けるのか不思議に思ったことがある。
でも…きっとそれは、自分の物だといえる安心感、そして、優越感があるからなんだ。
「服、脱がなきゃ出来ないだろ?鋼、自分で脱いでよ」
巴兄の口唇が、軽くオレの口唇に触れる。
そんな瞬間が…もっと、欲しいんだ。
「早く…しようよ」
言われた通りに、シャツのボタンをはずしていく。
裸になることに、なんの抵抗もない。
羞恥心…それ以上に、欲望がオレを支配する。
自分の服を脱いだ後、巴兄の上着を脱がした…。
オレは巴兄の首筋から鎖骨…そして、胸元に口唇を動かしていく。
「…アレ…してあげる…」
どうしても、今…巴兄が、欲しかった。
「クス…そんなに欲しかった?」
巴兄はオレの髪に指を絡める。
「…イヤ?」
「イヤじゃないけど…鋼は上手いから、それだけでいきそうになる…そんなのつまらないだろ」
巴兄はオレの髪にキスをする。
…それは、オレの方だよ…。
巴兄に触れられただけで、気が狂いそうになる…正気じゃいられない…。
「…飢えてたんだ…鋼に…ずっと…」
う…ん…オレも…。
「どこに、キスしようか?…言って…どこがいい?」
「…あ…っう…キスして…ねぇ」
「どこに?」
…意地悪く笑う巴兄。
知ってるくせに、知らないふりをして、オレをからかって遊んでる。
でも…オレも、それに気付かないふりをしてる。
「…今…巴兄が触ってる…トコ…ねぇ…キス、して」
「いいよ。キスだけ…ね」
巴兄の口唇が軽く触れる。
違う…よ。
もっと…欲しい…触れて…オレに、触れて。
オレを、感じさせ…て。
「い…やぁ…キスだけじゃ…や、だ」
イジメないで…オレ…いきたい…よ。
「ダメだよ」
伸ばしかけたオレの腕は、目的に触れる前に巴兄に止められた。
「自分でいくなんて」
「うあっ…ん…やだっ…いかせて…よ」
「いいよ…まずは…一回…ね」
巴兄の愛撫が、オレを熱くさせる。
「いっ…あ…あぁ!…っは…とも…え」
だめだよ…まだ、足りない…まだ、オレは…満足しない。
「鋼…まだ、こんなに固い…いったはずだろ…ん?」
「もっと…オレを、熱くして…よ」
オレを…熱く出来るのは、巴兄だけ…なんだから…。
―RURURU―RURURU―
ベッドの中で心地好く微睡んでいた時間を壊すかのように、机の上のコードレスが軽快な機械音を奏でた。
「…はい…お待ち下さい…」
電話に出たのは巴兄。
…別に、出なくてもいいのに…。
オレは巴兄の背中に腕を伸ばし、後ろから抱きしめる。
「…何?電話…誰?」
コードレスがオレに向けられた。
「竹内…って子」
…早…野?
なんで?
「!…いない…って言ってよ」
「…いいの?」
「いいの!」
「…悪いんだけど。鋼、出掛けてるみたいなんだ…用件だけ、聞かせてもらえるかな?」
巴兄はオレの頭を優しく撫でる。
まるで、何もかも分かってるみたいに…。
「…ん。じゃあ、伝えておくから」
巴兄はコードレスを机の上に戻すと、軽くため息をついてオレを見る。
「明日の放課後、体育祭のミーティングするから、お弁当持って来いって。…で?なんで、居留守なんて使うの?」
「…」
言えない…。
巴兄以外の男に、抱かれてたなんて…死んでも言えない。
「…俺に、言えないようなことしたんだ」
!!…この人は…なんで、こんなに…オレのことが何でも分かるんだろう?
オレは巴兄のこと、全然分からないのに…。
ズルイよ…。
「鋼」
その瞳で…そんな瞳で見ないで…。
逃れられなくなる…何もかも、喋ってしまう…。
「言わない気?それとも…言えないの?」
「…」
オレは巴兄から瞳を逸らし、頑なに口を閉じる。
「ふぅん…言えないんだ…だったら、言いたくなるようにしてやろうか?」
「あっ!!や…ぁ」
巴兄は…オレ自身を…口に含む。
「…どうして欲しい?」
「はっ…や…め…」
「止めていいの?だったら、止めちゃうよ?」
「!違っ…止めない…で」
足が、声が、震える…止まらない…。
巴兄の舌が絡みつく…。
「っ…ぃい…もっ…ねぇ…欲し…」
「…何が欲しいの?言わなきゃ分からないよ」
「と…もえ…お願…っい…挿れ…て」
「挿れて欲しい?…でもなぁ…俺はそんなに優しくないよ」
巴兄はオレをいたぶる動作を止める。
「…やっ…だ」
途中で放り出されたオレには苦しみしかない。
涙で何も見えない。
もう…我慢…出来ないよ…。
「鋼が隠してること、全部言ってごらん…すぐ、楽にしてあげるから」
「いや…だっ」
でも…やっぱり、言えない。
本当に、言えない…。
言ったら終わってしまう…。
巴兄が、オレの前から消えてしまう…。
それだけは…絶対に嫌だ。
「さっきの子…竹内クンだっけ?…鋼が好きなんだろ?俺に対して、誰だお前…って、声がそう言ってた」
どうして…なんで…そんなに勘がいいんだろう?
…もう、ダメだ…終わってしまう。
「!?…何、言って…そんなわけ…ん…っく」
最後まで喋れなかった。
もう一度、巴兄の口に頬張られ、力が抜けていく…。
「鋼も、あいつが好きなの?」
「んぅ…オレがすきな…とも…えだけ…も…ゆるし…て」
…もう、どうなってもいい。
早く…欲しい…。
「その子に、抱かれた?」
「あぅ…う、くっ…あ…ぁ」
「だめ…いかせないよ。鋼の口から本当のこと聞くまではね…」
「っ…オレ…だかれ…た。あいつらに…すき…わかんな…い。でも、ともえ…にいだけ、オレは…と、もえだけいればいい…」
意識が…混乱する。
オレは、今…何を言ってるんだろう…?
「あいつら?」
「…さ、や…と、たく、と…あっ…ん」
「…よく言えたね。イイ子には、約束通り…ご褒美あげなきゃね…。すぐ、楽にしてあげるよ…」
「!っひ…あぁっ!!」
刹那。
張り詰めた空気と鋭利な感覚が、オレの全神経を襲った。
やがて、鋭利な凶器の痛みは心地好い快楽へと変わっていく。
何もかも忘れてしまえる程、気持ちの良い愛撫を受けながら…。
「も…っと、もっと…ちょうだい…っは…ぅん、あぁ…い、いっ!!」
訪れる絶頂の解放感。
気怠さと絶望が相俟っている瞬間。
オレは…言葉にしたんだ…。
早野とのこと、多久人とのことを…巴兄に。
「その子達が、好きなの?」
「オレは巴兄以外好きになったことなんてないよ…巴兄…怒って…ないの?」
「怒ってるよ」
巴兄は即答してオレを見つめる。
普段は、絶対に見せない、怒りの混ざった瞳で…。
「それを隠そうとした鋼と、鋼を守れなかった…俺に」
「!…ごめん…ごめんなさい…オレ…ごめんなさい」
怒りに隠れて見えなかった悲しみ。
オレにも、巴兄のことが少し分かったような気がした…。
オレは巴兄を抱きしめる…強く…。
オレの居場所は、ここしかないんだ…。
オレは巴兄に全部話した。
早野のこと、多久人のこと。
そして、自分の気持ちを…。
「俺は、何も言えない。鋼が決めることだろ」
「違うよ。巴兄が決めてよ…オレが好きなのは巴兄なんだよ?…返事を…聞かせてよ」
巴兄の本当の答えを…心を…オレに教えてよ。
「返事…?返事なら、何度もしてるだろ」
「いつ!?オレは知らない…?」
「気付かない?…いつも、鋼の躰と心に刻み付けてる…」
オレは巴兄に抱きしめられる。
…暖かい…巴兄の胸に…。
「言葉に出来ないんだ。言葉にしたら、壊れそうだから…」
「!?…言葉にしなきゃ…分かんないよ。壊れそうだから、言葉にするんだよ?言葉にして、その壊れそうな想いを確かな想いに変えなきゃ…オレは巴兄が好きだよ。巴兄が欲しい…巴兄と一緒だと嬉しい…巴兄は?」
「鋼は…いつも、正面からぶつかってくるな…恐いくらい、真直ぐ…」
オレを抱きしめる腕に力が入っていく。
巴兄の…心が見え隠れしている…。
「好きな人には、自分の気持ち分かってもらいたいでしょ」
オレは巴兄の躰を抱きしめ返す。
「…鋼は…俺が好きなのか?鋼を、こんな風にした…この俺を?」
!!…分かった…巴兄の本心。
過去に縛られた、罪悪感が全ての想いを否定してたんだね…。
巴兄は、オレに懺悔を求めてる…。
でも…。
「…巴兄…思い出してよ」
みんな、そうなんだ。
感情が行動を支配する。
他人の気持ちなんてどうでもいい…。
そう思ってしまうんだ。
その感情が欲望に変わり、欲望は行動を引き起こす。
そして、その行動が後悔を持たらす…。
「巴兄は、何でオレを抱いたの?」
その気持ちが、本当の巴兄なんだ。
オレの大好きな巴兄。
それが、例え…オレを否定する想いであっても、オレは巴兄を好きでいられる。
「…俺は…」
オレは巴兄だから好きになったんだ。
「俺は、鋼が…愛しくて…誰にも渡したくなかった。だから、鋼を…俺だけのモノにしたかった。俺なしじゃ生きられなくなるようにしたかったんだ…俺は、最低だ…俺は、俺のしたことは、許される行為じゃ…ない」
巴兄は…ずっと…一人で苦しんでたの?
「ごめん…ごめんね。巴兄…俺」
「…何で…俺を責めない?鋼は…いつも、俺を許してる…どうして…」
「だって、オレ…怒ってないもん」
巴兄は躰を離してオレを見つめる。
不思議そうな眼差しで…。
「最初は…ワケ分かんなかったけど、オレ、巴兄が好きだもん。巴兄に抱かれるのも好き。巴兄はオレを最高に気持ち良くしてくれる…ずっと、思ってた…オレは変なのかなって…でも、どんなに考えても、悩んでも、最後に残るのは、たった一つの想い…巴兄を好きって気持ちだけなんだ」
そして、その不思議な瞳に引き込まれ、離れられなくなるんだ…。
「強いな…鋼は…」
「オレは強くない…本当に強いのは、巴兄だよ。いつも、オレを守ってくれる。オレは、巴兄の強さに甘えてるだけなんだ」
「俺の…鋼…」
…本当に、これは現実?
幸せすぎる…。
オレは自分の頬を強くつねる。
「何?」
「夢じゃ…ないよね?」
「…愛してる…鋼」
巴兄の本当の想い…初めて聞けた…巴兄が、初めて教えてくれた…巴兄の心。オレは、絶対に忘れない…忘れられそうにないよ…。
「オレは、巴兄のモノだよ…巴兄だけの…それに、巴兄は…オレだけのモノだ」
オレの求めていた幸せ…やっと、手に入れた…絶対になくさない。
「でも、巴兄は一つだけ間違ってる…オレは、もう…巴兄なしじゃ、生きられない…」
オレの本心だよ…オレを支配する、感情の正体…。
「な…?」
今日は…朝から驚いてばっかりだ…。
「長崎?転勤?2年間!?」
「…そう。お父さんとお母さんと両方ね…」
二人は同じ会社の同企画に所属してるから、今までにも何度か出張が重なることはあったけど…転勤って…。
「巴…本気でイタリアに行きたいのか?」
「あぁ」
「そうか…一度、諦めさせたのが…裏目に出たな…」
父さんは巴兄の頭を軽く叩く。
それは、父さん独特の了承の合図。
巴兄…今度は、誰も邪魔しない…オレも…今度は邪魔なんてしない…巴兄の側にいられなくても、もう、大丈夫だから…。
「父さん…サンキュ」
巴兄の嬉しそうな顔…オレも、嬉しくなる…。
「…鋼も連れて行くよ」
「…この家は?どうすんの?」
素朴な疑問…。
誰もいなくなるなら、父さん達が帰ってくるまでの二年間、この家はどうなるんだろう?
「鋼が残るのなら別だが、会社の同僚に貸そうと思ってるよ」
「…オレ、残ろうか?」
「鋼は俺と行くって言っただろ!!」
「…うん 」
間髪入れず、巴兄の『待った』がかかった。
こんな些細なことでも、幸せを感じてしまうのって…いいことだよね?
…強くなろう。
幸せに浸るのもいいし…甘えたい時は、思いっきり甘えたい…。
だから、オレを守ってくれる巴兄を守るために、強くなりたい…。いつまでも、弱いままじゃダメなんだ。