§:大輔
俺はつくづく損な性格だと思う。
「…なぁ…その傷…どうした?」
「………………」
「……アイツか」
「………………」
「もう…やめちまえよ」
「いや」
「……………手当てぐらいは、させろよな」
まず、大好きな人を親友に取られた。
いや…取られたというか、俺の知らない間にくっついてたというか…。
とにかく、俺は告白もしてないうちに失恋したワケさ。
もちろん、相手は俺の気持ちなんて知りもしない。
だから、今でもずっと“良い友達“やってるんだ。
でもさ…困ったことに、俺は未だにそいつが好きなんだよな。
しかも、そいつは事あるごとに俺のとこにやってくる。
体中…傷だらけにして…。
「ねえ、大輔クン、ちゃんと聞いてる?」
「あんな奴の話なんて聞きたくないね」
「もう、どうしてそんなコト言うのさ」
「どうして?そんなのお前が一番よく知ってるだろ!」
「……いいから、ちゃんと聞いてね」
笑顔を浮かべて、またアイツのことを話し始める。
それは…今までに何度か見せた偽りの笑顔じゃなく…本心からの笑顔。
これでも俺、長い付き合いのお前のこと、お見通しなんだぜ。
だから、余計に腹が立つ。
岳が好きなのは、アイツなんだと自覚させられる。
「昨日、岳がウチに来たぞ」
なのに今日も俺達は普通に会話をしてる。
「あぁ…そういえば、岳がそんなことを言っていたね」
俺の親友。
「まさかまたっ!?」
岳の恋人。
「フフ、電話さ。さすがに毎日じゃ、岳だって大変だろう」
「なあ…岳のあの傷…お前だろ?」
そして…岳を傷つける本人。
「…そうだと言ったら?」
「お前!」
「…君は何か勘違いをしてないかい?別に僕は岳を傷つけている訳じゃない」
「でも、現に岳は…」
「…本宮。岳の手当て、君がしたのかい?」
「あ…あぁ」
「そう………」
「岳に聞いたんじゃねえのかよ」
「僕の前では、他の男の名前なんて呼ばないから」
「っ…一乗寺…」
…………わかんねぇ。
こいつらの関係。
傷だらけの岳。
それでも一乗寺が好きだって言う。
岳を傷つける一乗寺。
それでも岳を手放さない。
これは、本当に恋愛なのか?
§:光
私、好きな人と一緒にいられるなら、それだけでいい…そう思ってた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「好きだと傷つけたくなるの?」
「………は?」
「だから、好きな人を傷つけたいって思う?」
「俺は思わねえけど…そんなの、人それぞれだろう」
私には好きな人がいる。
一つ年上のすごく可愛い人。
すごく、すごく大事な人。
大切で、愛しくて、絶対に傷つけたりしない。
みんなも、そうなんだと思ってた…。
「私、貴方の事、嫌いだわ」
こんなに、嫌悪感を感じるなんて初めて。
「奇遇だね。僕も君は好きじゃない」
悔しいことに、表情一つ変えやしない。
「……どうして、岳君を傷つけるの?」
「…ふぅ。なぜ君も本宮も同じ質問をするんだ?」
聞かれた内容にはまるで興味がないような言い方。
「友達だもの」
小さな頃から、ずっとずっと友達。
今はもう私よりも大きくなった身長。
守られることよりも、守ることを選ぶ強さ。
だけど…私だって彼を守りたい。
ずっと、ずっと、変わらないあの優しい笑顔を守ってあげたい。
愛情とは違う、親愛。
「友達?君はともかく本宮は…まぁいい。この際だ、はっきり言っておく…僕は岳を傷つけたりなんて絶対にしない」
力強く言いきった、彼の言葉。
それは…嘘とは思えない真実…。
「でも!だって…岳君は…」
じゃあ、なぜ?
岳君の躰に残る、痛々しいほどの傷跡。
「もし君が、岳の躰の傷のことを言っているならいい迷惑だ。岳は傷ついてなんかいないよ」
「何言って…」
「あれは…」
彼はそこまで言って口を閉ざした。
「岳君…」
「なに?光ちゃん」
どうして、そんなに笑えるの?
「……これ…どうしたの?」
彼の手首に残る赤い痣に初めて触れた。
「これ?服脱ぐ時にね、擦っちゃったんだ」
そんな表情で笑わないで。
「ボクってば、ドジだよね〜」
どうして、そんなに…。
幸せそうに、微笑むの?
…………わからない。
二人の関係。
傷だらけの岳君。
それでも優しい笑顔はなくならない。
岳君を傷つける一乗寺君。
それでも本気の想いが伝わってくる。
これは、本当に恋愛なの?
§:賢
キスが好きな岳。
岳がしてと言うから、その柔らかな口唇にキスを落とす。
セックスが好きな岳。
岳が欲しいと言うから、その穢れない躰に僕の痕を残す。
「っぁ…あっ、け…ん…」
岳は僕の名前を呼ぶ。
「け、ん…賢…もっとぉ…」
何度も、何度も…艶を含んだ甘い声。
耳の奥を愛撫されたかのように、僕はその声に熱くなる。
「っとぉ…もっと…して…ひどく、して」
…そして、逆らえなくなる。
「…じゃあ、しばらく“オアズケ”だよ」
岳と繋がっていた躰を少し乱暴に引き抜く。
「ひっ、ん…やぁ…な、んで?」
涙を浮かべた瞳で僕を見上げる岳。
「岳の好きなようにしてあげるから…」
岳の頬に手の甲で触れると、まるで猫のように肌を擦り寄せる。
「…賢…」
僕の指を一本づつ舌先で転がしていく。
ベルベットのような感触が、指先から全身に響いていく。
「言って…ごらん」
口唇を通りぬける、掠れた声。
初めての時は、それが自分の声だと思えなかった。
今まで聞いたこともなかった。
自分が"男"であることを再認識した。
こんなにも、欲情した声色。
岳が好きだと言ってくれた僕の声。
「…これ…もっと…強く…」
そう言って、差し出された両手。
その細い手首には革のベルトの戒め。
「……それから?」
僕は何かに操られているかのように、岳の言葉を忠実に守る。
その真っ白な肌に革のザラつきが真っ赤な痕を残すまで。
「ひぁっ…んぅ…け…っん」
完全に理性を捨てた岳の瞳が僕を見つめる。
僕はこの瞳が好きだ。
目元を紅く染め、瞳を涙で潤ませ、それでも、獣のような強い眼差し。
それは、欲情であり、快楽であり…そして、僕を感じている証拠。
「それから、どうされたいんだい?」
岳が僕を必要としている証拠。
だから、僕は岳の望みを叶えるんだ。
「ねえ…さわって…ボクの…躰」
言われた通り…僕は口唇をその肌の上に落とす。
髪に…耳に…額に…瞼に…鼻に…頬に…口唇に…顎に…首に…肩に…鎖骨に…。
触れるたびに、小さく震える躰。
それが、快感に繋がることを、僕も岳もわかっているから…。
そして、僕の口唇は紅く熟れた小さな果実に辿り着く。
「っ…あっ、ん」
触れた瞬間、岳の反応が過敏になる。
そのまま、口唇で挟み、舌で転がす。
「や、あ…そこぉ…もっと、噛んでぇ…」
躰をよじらせ、欲望のままに声をあげる。
その濡れた声を聞きながら、僕はさらに岳を煽る。
「いいよ…噛んで、あげる」
口唇は離さないまま、言葉を紡ぐ。
岳はくすぐったそうに目を細めて、僕の次の行動を待つ。
その瞳に期待と不安を秘めて。
「ひぁ、っあ、やぁ、んぅ」
その瞳を見つめたまま、僕は舌で弄んだその小さな突起に歯を立てる。
岳の瞳に浮かぶ、快楽の涙。
「はぁ…もっと…あっ、く、ん」
封じられた両手の中で僕の頭を抱きしめる。
「このまま…いける?」
言葉にならない声を紡ぎながら、岳は何度も頷く。
片方の乳首を口唇で、反対は爪で…いたぶるような愛撫。
「け…ん…け、ん…賢っ!」
僕の名前を縋るように呼び続ける岳。
「…岳…僕に見せて…」
それはまるで、熟れた果実を潰すかのように…ゆっくり、強く、力を込める。
不意に口の中に広がる、甘い、甘い、鉄の味。
「っつぅ、あ、あ、いあぁっ!!」
肩で息をする岳。
その瞳にウットリした色を浮かべ、だけど、まだ妖艶な輝きは失っていない。
そう、岳は満足していない。
そして、僕も…。
「フフ…ここ、いじるだけでいけたね…」
下腹部を濡らした岳の熱を指に取り、紅く色づいた胸元に塗る。
「…今度は、どうされたい?」
ゆっくりとにじんでいく白と赤のコントラスト。
岳にも聞こえるように、音を立てて舐め上げる。
「…っふ…あ」
いったばかりの昂ぶりが、少しづつ熱を取り戻していく。
「ひゃっ…ん、賢」
僕はそれに、ゆっくりと指を絡ませる。
「岳…もっと、言って」
岳が望むことは、僕が望むこと。
「賢…の」
岳も、僕のそれに自分の指を絡ませる。
「いっぱい…ちょうだい…」
戸惑いもなく口に含み、僕より器用に舌で転がす。
さっき、指先から駆け抜けた快感が、より一層、刺激を増して伝わってくる。
「…いくらでも…あげるよ」
岳の快感は、全て僕に繋がる。
「賢ので…ボクのなか…ぐちゃぐちゃにして…」
言葉は激しい愛撫になり、僕の熱を上昇させる。
「…ボクを…壊してぇ」
それが、岳の望みなら…。
僕はなんでもしてあげる。
これが、僕達の恋愛。
これが、僕の愛し方。
§:岳
「岳…お前、なんで平気なんだよ?」
大輔クンは何のコトを言ってるの?
「岳君…私、心配してるんだよ?」
光ちゃんは何のコトを言ってるの?
「一乗寺と…別れろ」
「一乗寺君と…別れて」
…どうして、そんなコト言うの?
ボクはこんなにも賢が好きなのに。
どうして、賢と別れなくちゃいけないの?
「ボク…二人の言ってるコト、意味わかんないよ」
賢もボクが好きなんだよ。
「岳!?」
「岳君!?」
ボク達、好きあってるのに、なんで別れなきゃいけないの?
「ボクも、賢も、幸せなのに」
どうして?
「幸せって…これがかよ!?」
大輔クンはボクの服の袖をめくる。
「こんなのって…ひどいじゃない!」
ボクの腕には、消えない痣。
「………どうして?」
賢に抱かれた、昨夜の痕。
「どうしてって…お前、傷つけられてんだろ!?」
「こんなひどいことされて平気なの!?」
「賢は、ボクを傷つけてたの?」
ボクは、今まで黙っていた賢に視線を向ける。
「僕は岳を傷つけた覚えなんてないね」
「ね。二人ともどうかしてるよ」
ほら、やっぱり。
ボク達は幸せじゃない。
「一乗寺!!」
「岳君!!」
「……ねえ、二人とも…どうしてボクが傷ついてるの?」
「そんなの見りゃわかるだろ!」
「………この痣?これで、ボクが傷ついてるの?」
頷いた二人を見て、ボクは笑いがこぼれてきた。
「っ…あはは。そっか、二人とも優しいね。だけど、そんな勘違いでボク達を不幸にしないで」
ボク達は間違いなく幸せなんだから。
「ねえ、賢…賢はボクが好きでしょう?」
「あぁ」
「じゃあ、問題なんてないじゃない。賢はボクを傷つけたりしてないし、ボクも賢が好き」
ほら。
どこにも問題なんてないんだから。
「でも…」
「岳君…」
それでも、やっぱり納得してくれない二人。
どうしてかなぁ?
「…もういいだろう。僕達は傷つけあってるわけじゃない。君達にとやかく言われる覚えはないね」
「賢ってば…言い過ぎだよ」
「同じ事を何度も繰り返す奴らには、これぐらいで丁度良いんだよ」
賢の言葉に、ボクは少し驚いた。
「…前にも…あったの?」
ボクは知らなかった。
「あぁ…一度ね」
賢だけが責められた?
「……ふぅん」
そんなの、許せない。
「光チャン。君は京サンを傷つけることができる?」
ボクはニッコリ笑って話しかける。
「え…そんなの、嫌よ!」
光チャンの真剣な表情。
「京サンがそれを望んでも?」
「え…………?」
それが、一瞬、疑問で歪む。
「大輔クン。君はボクを傷つけることができる?」
「そんなのっ…」
大輔クンの真剣な瞳。
「ボクがそれを望んでも?」
「っ…………」
まっすぐな眼差しは俯いてしまう。
「クス…賢はしてくれるんだよ」
ボクは笑顔を崩さないまま、賢の首に腕を回して抱きしめる。
「賢は、ボクが望めばなんだってしてくれる…君達には出来ないことも、ね」
大好きな賢。
「ボクは、賢がいる限り、幸せだよ」
ボクを否定しなかったのは彼だけ…。
「ねえ、賢」
そのままのボクを受け入れてくれたのは彼だけ…。
「僕もだよ…岳がいれば、それでいい」
そう…。
ボク達、二人がいればいい。
ボクを愛してくれる賢を、ボクは愛してる。
ボクの望みを叶えてくれる賢を、ボクは愛してる。
そう…。
たった一人いればいい…。
ボクが幸せになるために、必要なその人が…。
〜FIN〜
(C)20010524 志月深結
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