LOVE×H=∞
この春、俺、霞京哉は都内の高校に保健医として赴任した。
念願の教師になり、俺のハッピーライフは始まったばっかりだ…ったんだけど。
「霞先生!お茶しよ〜」
「今は授業中だろう、桐生」
どういうワケか、俺はこの学校のアイドル的存在の桐生蘭の目に止まったらしい。
「授業より霞先生の話聴いてる方が面白いもん」
確かに、肌は透けるように白く、瞳は大きくまつげも長い。
サラサラの赤毛はその美貌を余計に引き立たせている。
「ねぇ、先生。エッチしたことある?」
「生徒に教える義務はない」
「じゃあ、カノジョいる?それくらいなら聞いてもいいでしょ?」
「ハァ〜…いいか、桐生。ここは保健室。来ても良いのは病人と怪我人だけだ」
このアイドルは1日の半分を保健室で過ごして、俺を質問攻めの毎日に巻き込んでくれている。
「だって、ハートの病気だもん」
「…桐生…いい加減にしてくれないか。俺よりもっといい奴がいるだろう?お前くらいもてれば簡単だろ。お前は可愛いんだし…な」
本当に可愛いんだが…。
「先生は、好みじゃない?…ボクのこと」
本当に可愛い、男…なんだよなぁ。
「好みの前に、お前は男だろ」
「知ってる?男の方が気持ちいいんだよ…ボクで試してみない?ほら、ボクって可愛いし、アレも上手いんだよ。女の代わりでもいいしね」
「…れ…教室に帰れ!」
「先生?」
「いいからっ!授業に戻るんだっ!!」
「…分かった。帰る…でも、また来るからね。ボクは先生のこと好きだから…先生がどう思ってたってボクは先生のこと、好きだからね」
なんだって、あんなこと…女の代わり?
そんな風に愛されて幸せなのか?
惨めなだけじゃないか…アイツは、何考えてるんだ…って…俺も何考えてるんだ!?
嫌ならほっとけばいいじゃないか…なのに、なんでだ…ほっとけない。
ボクは保健室のドアを見つめる。
どうしたんだろ…霞先生。ボク、何か変なこと言ったかな?
「蘭。今度の相手、かなり苦戦してるじゃないか」
「!!…諒太…先輩…」
「そんな顔しなくてもいいだろ?仮にも前の恋人だぜ」
…諒太先輩はボクの恋人だった。
でも、霞先生に出会って、ボクは先輩に別れたいって言ったんだ。
理由も、もちろん伝えたよ…。
「まぁ、アイツがダメだったら、また俺のトコに戻ってこいよ…それに、欲しい時は喜んでしてやるよ、セックス」
ボクの耳元をわざとくすぐるような吐息混じりの先輩の声。
「先輩っ!!」
でも、本当…先輩と別れてからずっと…誰ともしてないや…。
霞先生のことで頭がいっぱいだったからなぁ…。
「…あ」
うわ…一度、意識し始めちゃうと、一気に広がってちゃうよ。
どうしよ…今、すごく…したい。
「…どうする…俺とする?」
「…ボク…え!?」
諒太先輩の唇がボクの唇に重なる。
…懐かしいキス。
付き合ってた頃は毎日ねだってた。
でも…。
「先輩」
「桐生!教室に帰れって言っただ…ろ?」
ボクが先輩から躰を離したのと、保健室のドアが開いたのはほとんど同時だった。
「霞…先生」
ウソ…見られた?
「なぁ、蘭…俺からの忠告。ノン気の奴にいくら迫ってもムダなんじゃない?」
そんなこと、今…先生の目の前で言わなくたって…ボクだって、よく分かってるもん。
「じゃあ、またな」
先輩は困惑状態のボクを先生と二人きりにした。
「…あ、ボクも…教室、帰ります」
「桐生…少し、話がある」
「先生…話って…?」
そう…俺は何で桐生を呼び止めたんだ?
自分でもよく分からない…桐生があの男とキスしているのを見たらたまらなくなった…。
「今の、3年の武居だよな?…付き合ってるのか?」
俺は、何でこんなこと言ってるんだ。
桐生が傷付くのが目に見えている…なのに、止まらない。
「違う!諒…武居先輩とは、前まで付き合ってたけど、もう別れたんだよ」
「別れてからもあんな調子なのか?随分、いい加減だな…俺のことも、そうなんだろう」
でも…いつからだ…この関係を楽しむようになったのは。
桐生が保健室に遊びに来ることが楽しみだった。
俺は、桐生を待っていたんだ。
「どうして、そんなに怒ってるの?」
桐生は、俺の気持ちに気付いたらしい。
俺を見る瞳が楽しそうだ。
そう…この気持ちは、嫉妬だ。
「ボク、先生だからしたいと思ったんだ…セックス」
これ見よがしに俺を急き立てる。
「…憧れを恋と勘違いしてるんだよ」
俺は、いつからか、この甘えん坊で我侭なアイドルに惹かれていたんだ。
そのアイドルの愛を一身に受けていたいんだ。
「本気だよ。ボク、今までいろんな奴とエッチしたけど、本気で抱かれたいと思ったのは、先生だけだよ…だから、しようよ」
桐生はさすがに自分で言うだけあって、手慣れた感じで唇を重ねてきた。
「ボク…我慢、出来ない…」
一度、自覚してしまったら、その相手の後ろには華が見えるもので…桐生のその一言で、俺は完全に理性を無くしていた。
「やっぱり、ちょっと…待って」
ベッドの上で桐生が俺の口を手でふさぐ。
自分から誘っておいて、今さら、おあずけはないだろう。
「ボクはこんなだけど…誰にでも躰許してるわけじゃない。ボクのことを好きになってくれた人にしか抱かれたことない。躰だけなら…ボクはいくら先生だとしても、やっぱりまだ、抱いてほしくない…霞先生は…どっちなの?」
桐生が、こんなに可愛い理由が分かったような気がした。
もちろん、生まれ付きの要素がほとんどだろうが、桐生は恋を大事にしてるんだ。
自分の中で決めた約束事を守ってる。
「蘭…って、呼んでもいいか?」
「先…生?」
答は一つに決まってる。
このアイドルのしつこいぐらいの愛を受けて、堕ちない奴なんていないだろ。
「蘭が好きだ」
「…それは、本気と思ってもいいの?気紛れじゃない?ボクは…好きな人には遠慮しないよ」
「それは、どういう意味?」
「好きな人には、思いっきり甘えるし、我侭言っちゃう…エッチもいっぱいしてもらいたい…」
「それは…遠慮されちゃ困るな」
蘭の唇に軽く触れるだけのキスを。
「教えてあげる。LOVE×Hはねぇ、無限大なんだよ…ボクの方程式」
瞳を潤ませて俺を見つめる。
俺は、完全にこのアイドルの虜になった。
全て、蘭のシナリオ通り、俺は見事にその策略にハマッたワケだ。
「早く…しよ」
でも、目の前のアイドルを見てると、それでもいいかなって思う。
「クスッ」
蘭の方程式を思い出していると、軽く笑いがこぼれる。
「なぁに…?」
「早く、無限大にならなきゃな」
「…うん」