「あ…」
「え…」
それは、偶然。
「…おはよ。もしかして、大輔クン家の帰り?」
「あ、あぁ」
「ふぅん」
駅の改札で出逢う。
「…田町…だっけ?」
「そうだけど…君…は?」
「目黒」
ニッコリと笑う。
「途中まで一緒だね」
そして、同じ電車に乗る。
【こたえはきっと心の中に】
今日はお兄ちゃんのライブの日。
目黒まで出るために、駅に行ったんだ。
そこで、たまたま彼に出逢った。
彼…一乗寺賢クンに。
どうやら、昨日は大輔クンの家に泊まったみたい。
きっと、色々話したんだろうね。
大輔クンは世話好きだから。
「途中まで一緒だね」
午前中だっていうのに電車は混んでる。
ボクはドアの横に立って、彼は必然的にボクの隣りに立った。
「………」
「………」
別に彼と喋ることもないし、ただ流れる景色をボーッと見ていた。
彼だってきっと同じ。
「……!?」
…満員電車に乗ってると本当に色々あるね。
ボクは男だってのに…。
過去にも何度かあるけど…女の子はきっともっと大変なんだろうなぁ。
別に触られて減るもんじゃないけど…やっぱり痴漢ってのは許せないね。
やめさせようと思って振り向こうとした時、急に横から抱きしめられた。
「え…?」
ボクは彼の胸に顔を埋める状態。
思いっきり抱きしめられてるから、身動き一つとれやしない。
だけど、おかげで痴漢行為はなくなった。
++
「………」
「………」
話す言葉が見つからない。
彼は窓の外の景色を見つめていた。
彼と二人きりになるのは初めてだった。
彼…高石岳君と。
彼に避けられてるのは知ってる。
彼が嫌うのは僕の中にあった"闇"の部分。
どうして彼がそんなにも"闇"を嫌うのかは知らないけど、とにかく彼は僕を避けている。
だから、僕も極力、彼との接触を避けていたんだ。
「……!?」
不意に彼の体が強張った。
その後、小さくため息をつく。
それが、彼の後ろに立つサラリーマン風の男のせいだと気付くのに時間はかからなかった。
信じられない。
その痴漢行為そのものもだけど、彼の態度にも驚いた。
なんでそんなに平然としていられるのか?
もしかしたら、こんなことが何度もあるのかもしれない…と。
そう思ったら、体が勝手に動いた。
「え…?」
相手を睨んで、彼を自分の胸に抱き寄せていた。
僕自身、なんでこんなことをしたのか理解できないまま。
だけど、僕は明らかにその男に怒りを感じ、彼の態度に悔しさを感じていた。
「…人…多いね」
すっかり離れるタイミングを外してしまった僕は、まだ彼を抱きしめていた。
彼としては居心地が悪いだろう…。
もしかしたら、これは"離せ"って合図なのかもしれない。
だけど、この腕を離すのには抵抗があった。
「…そうだね」
僕の鼻を掠める香り…石鹸じゃないけど、爽やかな香り。
彼の柔らかな髪が僕の頬をくすぐる。
猫みたいにフワフワしてて、太陽の陽に透けて白に近い金色に輝いてる。
「………」
「………」
僕より少しだけ低い目線とぶつかる。
深い碧…だけど陽に当たり、紫にも見える。
不思議な色…きっと見るもの全てを魅了してしまうだろう。
++
「…人…多いね」
どこか気まずくなって、脈略のないことを言ってみる。
彼はまだボクを抱きしめたまま。
ボクは彼の行動の意味が分からないまま、動けない状態。
とりあえず、痴漢から助けてくれた…んだよね。
「…そうだね」
張りのある凛とした声。
意外と力強い腕。
肩にかかる伸びた髪が小さく揺れる。
「………」
「………」
ボクより少しだけ高い目線とぶつかる。
深い漆黒の瞳。
まるで一筋の光もない真っ暗な…闇。
だけど…吸い込まれてしまいそう。
………その色は……苦手。
「…もうすぐ…着くね」
電車は乗り換えの駅に着こうとしてる。
「そうだね…」
だけど、ボクは抱きしめられたまま。
どうしてだろう…。
なんで…ボクは彼に抱きしめられてるのかな?
なんで…彼はボクを抱きしめてるんだろう?
そんなコトを考えてる間に、電車はゆっくり止まった。
++
「電車…降りなくちゃ…」
電車はゆっくりと止まり、目の前のドアが開く。
次々に人が降りていく。
彼を離さなくてはいけない…。
そう思って、ゆっくりと腕を離す。
不意に体が冷たくなっていくのを感じた。
満員電車で車内は暑いぐらいなのに…僕の体は、彼が離れていく部分から冷たくなっていく。
「あ…」
降りていく彼の背中を追いかけるように、僕は彼の腕に手を伸ばしていた。
「え…」
彼は歩くのを止めて、僕を見つめた。
そして、僕も彼を見つめた。
「………」
「………」
僕の手は彼の腕を掴んだまま。
どうしてだろう…。
なんで…僕は彼を離したくないのかな?
なんで…彼は僕を振り払わないのだろう?
「……別に置いてったりしないよ?」
彼は優しく諭すような口調で困ったような微笑みを浮かべた。
僕は…今どんな顔をしてるんだろう。
僕自身、理解できない事ばかりで…。
「…行こ」
「あ…あぁ…」
歩き出して気付く。
どちらからともなく繋がれた手。
++
さっきまでの電車と違って、まばらな乗客。
だけど、ボク達はドアの側に立っていた。
繋がれた手はそのままで…。
「………」
「………」
話すこともなくて、窓の外を見つめる。
だけど、景色なんて全然見えてない。
彼の駅は2つ目。
時間なんてあっという間。
「………」
「………」
彼は、ボクを避けてる。
あんなことがあって…当たり前かもしれない。
ボク達は…なんで、あんな出逢い方しか出来なかったんだろう。
彼は"闇"に捕らわれ、ボクはその"力"を憎んだ。
どうしても…許せなかった。
彼が利用した力が…。
例え、彼が利用されていたとしても…。
「………」
「………」
本当は彼を避けるつもりなんてなかった。
なにより、その力を否定しているのは彼だから…。
だけど…出来なかった。
………ボクは怖かったんだ。
彼に触れるのが怖かった。
"闇の力"に捕らわれるのはボクだったかもしれないから…。
それに…彼が…ボクを…避けているから。
「……どうして…」
だけど…。
なんでだろう。
彼と繋いでる手から暖かくなっていく。
「…どうして、出逢ったんだろうね」
++
「…どうして、出逢ったんだろうね」
小さな声。
彼が囁いた言葉。
「………」
それは否定の言葉?
それは"出逢わなければよかった"という意味…?
「あ…」
それもそうだ…。
彼は僕を嫌っているんだから…。
何かを言おうとしても、言葉が見つからない。
「ぼ…僕は…」
僕はなんでこんなに切ないのだろう?
僕はなんでこんなに悲しいのだろう?
僕はなんでこんなに苦しいのだろう?
「君は…ボクが苦手でしょう?」
彼は…何を言ってるんだ?
君が僕を避けているんだろう。
君が僕を嫌いなんじゃあ…。
「………」
すぐには考えがまとまらなかった。
「君はボクを避けて、ボクも君を避けてた…」
それは、僕も同じで…。
「………」
…もしかして。
これが…僕の勘違いでなければ…。
僕達は…なんてすれ違いをしているんだろう。
「…一乗寺…クン…?」
僕は彼の手をさらに強く握っていた。
++
強く握られた手は離れなくて…。
だけど、離したくなくて…。
「僕達は…似ているね」
似ている…?
ボク達が…?
「……わかんないよ…」
だけど、どうして…。
「きっと…すぐに分かるよ」
ボクを見つめる優しい瞳。
苦手なはずの色なのに…。
なんだか…落ち着かない。
この手を…離したくない…。
彼と…離れたくない。
気付けばボクも…彼の手を握り返していた。
++
不意に車内アナウンスが流れる。
そして、電車がゆっくりと止まった。
「………」
「………」
「………」
「……降りないの?」
小さな声。
「……あぁ…降りるよ」
わずかに震える指先。
「だけど、もっと君と一緒にいたい」
そして、閉じたドア。
「え…」
彼の手を握ったまま、僕は電車を降りていた。
僕は彼の手を離せなかった。
「…なんで…」
「…なんでだろう…」
震えているのは彼の手…それとも僕の手。
「わかんないよ…」
「わからないね…」
見つめあった瞳が大きく揺れる。
「だけど…どうして…」
「うん…どうしてだろう」
視界に映る彼の姿が微かに滲む。
「…離れたくない」
「…離したくない」
…このまま時間が止まればいいのに…。
++
駅の改札で出逢う。
そして、同じ電車に乗る。
それは、偶然。
だけど、ボク達が出逢ったのは…。
それは、運命。
<END>
雰囲気的にはサイレント映画をイメージしてるんですけど…。
これは、改めて時間を見つけたら書き直します。
てゆーか、新しいの書きます!!!
ただ、ダークな賢岳をメインに持ってくるとぎこちなさは勘弁してくださいませ(号泣)
ダークだととことん痛い系にしたくなるので…(苦笑)
プラスさん、本当にごめんなさい〜〜〜。
こんなのでよかったら煮るなり焼くなり好きにしてやってください!
(C) 20001219 志月深結
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