僕の好きな人がイタリアに行って二年が過ぎた。
 僕は、相変わらず君の通っていた高校にいる。
 もうすぐ卒業だよ。
 僕は、君のもとへ行こうと思う…愛しい…僕が愛するたった一人の人…。
 もうすぐ…もうすぐ、君を僕の物にする…。
 僕だけの…鋼に。
 

君を想うだけの僕に、何が出来るだろう?―The Season For Love―
 

「竹内。進路決めたんだろ?どうすんだ?」
 荒木…結局、コイツとは三年間も同じクラス。
 今の僕にはコイツ程憎らしくて、でも、憎めない奴はいない。
 今の荒木は、鋼の親友のポジションをキープしている。
 僕には、絶対に出来ないこと…。
 だから、荒木は僕にとって、唯一の鋼の情報を仕入れる手段なんだ。
「どうするって、僕がするべき事は一つだよ」
「…そっか…まっ、俺は一足先に鋼の所に行くよ」
「…明後日だっけ?イタリア行くの」
 そう…コイツはカメラマンの兄貴のアシスタントをしながら、自分もカメラマンを目指すらしい。
 この学校を辞めて…。
 その兄貴について、イタリアに行くって…本当に、最後まで許せない奴だよ…。
「最後に良いコト教えてやるよ」
「…何?」
「鋼な…今、イタリアでかなり注目されてるんだぜ。ほら、コレ」
 一冊のファッション雑誌を見せられた。
 英語…イタリア語で書かれている。
「これ…は?」
 雑誌の見開きページに、僕の…僕が愛する人の姿があった。
 あの頃と変わらない笑顔。
 あぁ、鋼の姿を見るのは何年ぶりだろう…少し髪が伸びたね…背も…高くなったのかな?
 あの頃の鋼も可愛かったけど…本当に綺麗になった。
「『glass beaz』鋼が中心のデザインブランドだよ」
「鋼が…デザイナー?」
「兼モデルだってさ。それは他ブランドだけど、ゲストモデルとして出たパリコレの時の写真」
 パリコレ…どんなにファッショにウトイ奴だって、その名前ぐらいは知ってる。
 そんなに有名になってたんだ。
「鋼は…まだ…あの男といるのか?」
 鋼…今も、あの男が好きなのか?
 あの男に…抱かれているのか?
「まぁ…読めよ、なっ」
 荒木らしくない返答…それが、読まなくても答えを教えてくれた。
 家に帰り、自分の部屋に閉じこもる。
 雑誌を読んだよ。鋼の幸せそうな顔が頭から離れない。
 そのたびに、僕の胸を締めつける。
 鋼を幸せにしているのは、僕じゃない…。
「僕が…どんなに求めても…振り向かなかった」
 忘れてはいない…忘れられない…鋼の肌の温もり、瞳の潤い、白く細い指、口唇の熱さ…誰かを求める…躰。
「忘れたい…もぅ、苦しみたくないんだ…」
 鋼を忘れる事は…僕にとって幸せなのか?
 …違う。
 僕にとって…鋼に出会えた事が、唯一の幸せ。
 鋼に出会えなかったら…鋼を知らずに生きていくなんて…それ以上に不幸な事なんて何もない。
「…っ」
 躰が熱くなる…鋼のことを想うだけで…。
 僕は、あの日…初めて鋼に会った日に、今までの僕を否定された…変えられた。
 全てをなくしてでも、鋼を手に入れたいと思った。
 生まれて初めて知る感情に、我を忘れた…あの日、無理矢理、鋼を抱いた。
 僕の中に、こんなに激しい感情があったなんて、知らなかった。
 もう一度…あの声を聴きたい。
 鋼を…抱きたい。
「…鋼…」
 どれほどの眠れない夜を過ごしただろう。
 一晩中、鋼のことを想っていた。
 太陽と月が同居しているような鋼。
 太陽のように明るく輝き、月のように艶やかな…鋼。

「ねぇ、早野。カーテン、閉めて…オレ…月…嫌だ」
「どうして?月は、嫌い?」
 月は鋼をより綺麗に映し出す、最良のライトなのに。
「アレを見てると…思い出すんだ」
 そう言って、鋼は遠い瞳で月を見つめる。
「…僕を見て」
 そんな瞳をする鋼がたまらなく嫌で口唇をふさぐ。
 もう、何度目のキスになるだろう…その甘く潤んだ口唇をふさぐのは。
「ふ…ぁ…っや」
 僕は、今までに鋼ほど綺麗で、純粋な人を見たことがない。
 そして、その無垢な心を僕だけの物に出来る時の、優越感。
 僕の中に初めて生まれた、独占欲。
 鋼を知る程に、それは増えていく…。
「見ててごらん…舐めてあげる…」
「!ひ、あ、はっ…んぅ」
 細い躰を震わせながら、僕の肩をつかむ鋼。
「さっ…や…ぅあ、や…やめ…っ!」
 潤んだ瞳で僕を見ている。
 今にも消えそうな声を発しながら…。

「僕を救えるのは、君だけなんだ…鋼」
 躰中で鋼を感じてる。
 今でも、鮮明に覚えている…鋼の中の温かさ。
 僕を狂わせる…あの熱さ…。
 今すぐ…抱きしめたい…君を、抱きたい。
 君に狂わされるのなら本望だ。
 鋼を抱きながら死んだって構わない。
 鋼が、僕の前から消えてしまうなんて…それほど恐いことなんて何もない。
 だから、今、この腕で、鋼を抱きしめたい。
「ん…っあ…!」
 …この喪失感。
 もう、何度味わっただろう。
 今の自分の惨めさを思い知らされる。
 この惨めな気持ちは、愛だからなのか、憎しみだからなのかも分からなくなっていく…。
 会いたい…鋼に会いたい。
 だけど、今の僕には、君を想うことしか出来ないんだ…。
 そんな僕に、何が出来るのだろう?

 あの日…風の強い四月の入学式の日だった。
 僕が鋼に出会ったのは。
 体育館の前に貼られたクラス分けの発表を見ていた時だ。
 みんなは、自分の名前を探すのに夢中だったのに、鋼だけは違っていた。
 鋼は、校庭の桜の木を見つめていた。
 愛しい人を見つめるように…。
 僕は、その横顔に見惚れていたんだ。
 あの瞳に見つめられたい。
 そう思った。そして、同じクラスだと分かった時、隣りの席に鋼がいた時は、本当に嬉しかった。
 鋼は、僕の横で友達と話していた。
 その声で、僕の名前を呼んでほしい。
 その笑顔を、僕だけに向けてほしい…想いは限りがなかった。
 だけど、今のままじゃ、その想いは叶わない。
 それどころか、鋼は僕に気付きもしないだろう。
 だから、僕は桜を利用したんだ。
 桜の側にいれば、鋼は絶対に気付いてくれる。
 そう思った…。
「ねぇ…さっき、何してたの?」
「…」
 本当に…僕に気付くなんて…。
「えっと…オレ、椎名鋼。アンタは?」
「…竹内…早野」
 鋼は僕に気付いた…これは奇跡に近い。
 この奇跡、無駄にはしない。チャンスは一度しかないんだ。
「OK!よろしく、早野!」
 …僕の想いは、確実に叶えられていった。
 その反面、それ以上の想いが込み上げてきた。
 僕の想いを確信させられる、強い想い。

「何か、手伝うことない?」
 鋼は僕に心を開いている。
 でも、それは友達として…今日だって、友達だから、家に呼んだんだろう?
「ん、大丈夫…でも、形、自分で作ってみる?」
「うん!」
 鋼は椅子の背もたれを抱くようにして座って、まるで泥遊びのようにハンバーグを作っている。
「そのままじゃ、服汚れるよ」
「…じゃあ、そこのエプロン、着せてよ。オレの手、こんなだからさ」
「はいはい」
 背中からエプロンのヒモを通し、腰元で結ぶ。
 鋼の躰の細さを改めて実感する。
 僕の腕の中に簡単に入りきってしまう…細い、躰。
「エヘヘ かわいいだろ?」
「…良く似合ってる」

 僕はバカだ。
 あんな…あんな事、言うつもりはなかったのに…。
 言ってしまえば、この幸せが終わってしまうって…分かっていたのに!
 でも、あの時の鋼の瞳…僕の気持ちを見透かしたような瞳だった。
 あの瞳で見られていると、自分が抑えられなくなる…。
 この桜の木のように…鋼に愛されたい。
 僕は、こんなに鋼を愛してるのに…。
「早…野」
 !!…は…がね…。
「何しに来たの?」
 僕に近付くな。
 その瞳で僕を見ないでくれ。
 今の僕は、今まで通り平静を装うなんて出来ない。
 自分の気持ち…抑えきれない。
「僕は、鋼が好きだよ。ずっと、好きだったんだ」
 言葉にした途端、僕の中の欲望は溢れ出した。
 本能の赴くままに…鋼に口づけを…。
 鋼は僕を拒まない…なぜ?
「鋼らしくないなぁ…それとも、呆れて何も言えない?」
 鋼の服を脱がしていく。
 白い肌、細い腕、全てが僕を狂わせていく…。
「…キツクしないから…力、抜いて」
 何度も何度も口づけを交わす。
「早…野…」
 僕にしがみつく鋼…本当に可愛い…僕の大好きな、鋼。
 こんなに早く、鋼を手に入れられるなんて…まるで、夢を見ているみたいだ。
 あの日、桜の木の下で、僕は初めて鋼を抱いた。
 生まれて初めて知る感覚に、自分を忘れた…夢中になった…その感覚の虜になった。
 毎日、いつでも鋼にふれていたい。
 僕には、鋼しかいらない。
 鋼さえいればそれで良い。
 鋼は僕だけのモノだ。
 鋼に近付く奴は、誰だろうと許さない。

「…僕に嘘ついてまで、そいつと寝たかったの?」
 荒木多久人…と。
 嫉妬で狂いそうだ…それとも、もう…僕は狂っているのか?
 鋼に出会ってから、初めて知る感情ばかりだ。
 愛情、嫉妬、恐怖…快楽。
「!!…」
 僕だけの、鋼。
 純粋で、汚れない鋼。
 荒木は鋼を傷つけた。
 許せない。
 僕にこんなに感情があったなんて知らなかった。
 他人なんかどうでもいい…関わるだけムダだ。
 僕はそう思っていた…確かにそう思っていたはずなのに…。

 今の僕に思い出せるのは、僕には向けられない笑顔、僕じゃない名前を呼ぶ声、そして…僕を嫌いになるために流した涙。
 僕は、どうすればいい?
 鋼を嫌いになればいいのか?
 …そんなこと、出来るワケがない。
「…会いたい…会いたいよ」
 鋼と出会えない不幸の中に、鋼を知らない幸せな僕がいた。
 でも今、鋼と出会えた幸せの中に、鋼を知った不幸を味わう僕がいる…。
 滑稽だね。
 …だってそうだろ?
 どっちにしろ、僕は幸せにはなれないじゃないか。
「鋼…」
 …違う…たった一人、鋼さえ傍にいてくれたら、僕は幸せになれる…そうだろ?

「オレ、十歳の時さ…初めてセックスしたんだ…っていうか、されたのかな」
 今まで知らなかった、鋼の過去…。
「でも…その日から、セックスなしじゃ、生きていけなくなった。オレを最高に気持ち良くしてくれるあの人なしじゃ…生きていけない…それに、あの人といると、自分が出せるんだ…本当の自分が」
 鋼は…何を言っているんだ?
 それじゃあ…まるで…その人のことを…。
「そいつが、好きなの?」
「好きだよ。オレはあの人しかいらない…あの人しか愛せない…」
 今までに見たこともない、鋼の表情…自信に溢れ、誇りを持った瞳をしていた。
 そんな瞳…僕は見たことない…僕では、鋼にそんな瞳をさせることが出来ないのか?

「可愛いね…僕の前では、絶対にそんな表情しないくせに…本当に、可愛い…」
 鋼の姿…僕に抱かれている時とは…全然違う。
 どうして…?
 これが、本当の鋼なのか?
 この表情に…何人の女…男が騙されたんだろう?
 僕もその一人だ。
 でも、どんなに騙されても、裏切られても、鋼を憎めない…その逆だ…どんどん好きになっていく。
「ひっ…あ、や…っだ…やめ…触らない…で」
 僕が鋼を抱くのは、自分の欲求を満たすため?
 それとも…鋼の欲求を満たすため?
 どっちだって、構わない。
 僕が…鋼が幸せなら…でも…鋼は幸せじゃなかった?
 まさか…鋼は僕に抱かれることで、アイツを思い出してたんだ…幸せだっただろ?
 その甘い声で僕の名前を呼びながら…アイツを感じてたんだから…。

「まだ…あの男に、抱かれているんだね」
 …そんなの…そんなの、許せない。
 なぜ!?
 なぜ、あの男なんだ?
 どうして、僕はあの男の代わりでもいいんだ。
 そうすることで、鋼が僕のモノであるのなら…。
 なのに!
 …鋼は僕よりあの男を選んだ…。

「…覚えておいて。僕は鋼しか愛さない」

 僕は誓った。
 鋼にもう一度、出会えた時…今度こそ、鋼を逃がさない。
 絶対に僕だけのモノにする。
 それが、君を想う僕に出来ること…僕がしなければいけないこと…僕だからこそ…出来ること。
 それを、分からせてあげる。
 例え、どんな手段を使ってでも…ね。
「お客様のシートはこちらになります」
「…どうも」
「良いご旅行を」
 良いご旅行ね…そうなることを願ってるよ。
 高校を卒業した僕は、今、イタリア行きの飛行機の中にいる。
 今から数時間後には、君のいる街に僕はいるんだ。
 絶対に見つけ出す…逃がさない…僕からは逃げられられないんだよ。
 鋼には、責任を取ってもらわなきゃ…。
 僕を、こんなにした責任をね…。
 君を想うだけの僕が出来ることは何もないんだ。
 想うだけなら何も出来ない。ならば、行動に出ればいい…。
 そして僕が想うのではなく、僕を想わせればいい…だろ?
 君が教えてくれたんだ…鋼…。

 もうすぐ会えるよ、鋼。
 ゾクゾクする…初めて鋼を抱いた時みたいだ。
 こんなに楽しみなのは久しぶりだ…。
 思わず、笑みがこぼれてしまう…。
 本当に、こんな気持ちは久しぶりだ。
 …幸せな夢は、もう終わりだよ…鋼。

「…何か言った?巴兄」
 ベッドに仰向けで寝て読書をしていた巴兄の本を奪い、オレは覗き込むようにして巴兄を見つめる。
「ん?何か聞こえたの?」
「…ううん…気のせいだったみたい」
 今…オレの名前、呼ばれたような…ま、いいや。
「鋼。明日もグラビアの撮影あるんだから…」
「…もぅ、寝ちゃうの?」
 巴兄の耳元でちょっとだけ誘惑。
「…俺は眠りたいの」
「…イジワル…。いいもん!だったら、したくなるようにしてやる」
 巴兄にキスをしようと、口唇を近付ける。
「ダメ…うん、そうだな…して欲しかったら…一人でやってみて」
「え…一人?…って、え?あ…」
 一人って、アレ…だよねぇ…やっぱり。
 今のオレ、耳まで赤くなってるのが自分でもハッキリ分かる。
 どうしよ…HとひとりHは別物だよぉ…。
「やっぱり、やめる?」
 やめたい…けど、やめたら…巴兄と出来ない。
「…するから…電気消して…」
 オレはシーツで自分の躰を包む。
「消したら、見えないだろ?…いい?俺に見せて」
 巴兄はオレのシャツのボタンを一つずつはずしていく。
「いつも、してるんじゃないの?」
「っ!…い、いつもじゃないもんっ!!」
「ふぅん…じゃあ、俺がいない時はどうしてるの?」
 巴兄が耳元でオレを煽る…ヤバッ…オレも…反応してるし…。
「それはっ…っと…あの…」
「他の男に抱かれてるの?」
 ズルイよ…絶対、オレのことイジメて楽しんでるんだ…でも…。
「…約束だよ。ちゃんと…見てて…オレだけを」
 オレは巴兄にキスをしてから、服を脱ぐ。
「っん…あ」
 巴兄の視線が痛いほどよく分かる。
 それが、余計にオレを刺激してる…。
「…何、考えてる?」
「と…もえにぃ…に、キス…されてるの…」
 こんな時に…聞くなんて…。
「どこに?」
「…口唇…っやぁ」
「だけ?」
 巴兄はオレの口唇にキスをして…感じまくってるオレを見て楽しんでる…。
「…後…ここ、にも…」
「一人でするんだろ…早く、見せてよ」
 そう言って、オレの感じる場所…背中から腰のラインにそって舌を動かす。
「!!んぁ…あ、だめ…っく、いく…と、もえ、巴…っあぁ!!」
 …思いっきり、いっちゃった…巴兄に見られてるだけなのに…すごい、感じてた…。
 どうしよ…恥ずかしくて顔が上げられないよ…。
「いつも、そうやってるんだ…カワイイね」
 巴兄はオレの躰を包み込むように後ろから抱きしめる。
「もぅ…やだぁ…オレ、巴兄が欲しいの…これ以上、イジメないで」
 オレは巴兄の首に腕を絡める。
 服の上から巴兄の熱くなってる部分に触れる。
「約束でしょ。エッチ、しよ?」
「そうだね…今日はイイモノ見せてもらったから、鋼の好きなようにしてあげる。…どうしたい?」
「今日は…早く、欲し…。ね…すぐ、して」
「いいよ。今日は…俺も、すぐ欲しいから…」
「っ!!…あ、ん…巴」
「平気?…痛くない?」
「ん、大丈…夫…だよ」
 あの日から、オレは巴兄だけに抱かれてる。
 幸せを実感できる日々。この幸せを守りたい。
 いつまでも永遠に…続くように。
「オレのこと…好き?」
「…好きだよ…愛してる」
「オレを…離さないでね…」
 幸せな夢を…いつまでも見ていられるように…。
 
 

<END>

四季シリーズ番外編です。
ってことで、この話は本編3話と4話の間にあたるものです。
 
もうお分かりでしょうが、4話の舞台はイタリアになります。
そして、なんと、年齢的には20歳(予定)に成長してます。
てことは、巴さん・・・25歳か・・・フフフフ。
(丁度いい感じに育って・・・(壊))
 
あ、鋼の職業に無理があるとか言わないでください(笑)

初UP  (C) 20000522  志月深結
Renew (C) 20000701 志月深結

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