いばら姫
 

 ずっとむかしのお話です。
 ある国に王様とお妃様がいました。
 ある日、2人の間に女の子が生まれました。
 とても可愛いお姫様でした。
 王様はそれをとても喜んで祝宴を開きました。
 その祝宴には魔法使いが呼ばれました。
 この国には13人の魔法使いがいました。
 ところが、ごちそうを用意するはずの純金の皿が12枚しかありません。
 そのため、一人の魔法使いはその祝宴に呼ばれませんでした。

 祝宴は盛大に開かれました。
 そして、祝宴も終わりに近づいた頃、魔法使い達がお姫様に不思議な贈り物を与えました。
「私はお姫様に“徳”を差し上げます」
「私は“美”を」
「私は“富”を」
 こうして魔法使い達はお姫様に世の中の全ての人が欲しがるものを全て与えました。
「私は…」
 12人目の魔法使いが呪文を言おうとした時です。
 一人だけ呼ばれなかった魔法使いが城の中に入ってきました。
 自分だけが呼ばれなかった事に腹をたて、仕返しに来たのです。
「私は姫に呪いをかけてやろう!この姫が15になったら“つむ”に指を刺して死んでしまうのさ!」
 13人目の魔法使いは大声で呪文を叫び、突然、煙のように消えてしまいました。
「何という事を…」
 王様達は悲しみにくれました。
「私には、この呪いを解く事は出来ませんが“死”ではなく“眠り”に変えて差し上げますわ。お姫様は15才の時“つむ”で指を刺し、眠りに入ります。お姫様が目覚めた時に淋しくないように、城中のもの全ても一緒に眠らせましょう。そして、この魔法はお姫様が目覚めた時、解けるようにいたしましょう」
 12人目の魔法使いがお姫様に魔法をかけました。
 それでも王様はお姫様のために国中の“つむ”を燃やしました。

 お姫様が生まれて10年が過ぎました。
 魔法使いの贈り物はみんな備わり、お姫様はとても美しく育っていました。
 ちょうどその年、お姫様の世話役のターシャに男の子が生まれました。
「ターシャ。この子の名前は何と言うの?」
「カイルと名付けました」
「カイル…とっても素敵な名前ね」
 お姫様はカイルの事がとても好きになりました。
 それからというもの、お姫様はいつもカイルと一緒でした。

 お姫様とカイルはお城の離れにある古い塔でよく一緒に遊びました。
「ねぇ、カイル。私は15才になったら、長い眠りに落ちるんですって…」
「長いって、どれくらい?」
「私にも分からないわ」
「じゃあ姫様が眠らないように。僕が姫様を守ってあげるよ。もし眠っちゃっても、僕が姫様を長い眠りから覚ましてあげるんだ」
「嬉しい…その時は私の名前を呼んで、そしてキスをしてね。私はカイルのキスで目覚めるの」
 お姫様はカイルの頬にキスをしました。

 ところが、お姫様が15才の誕生日を迎えた日に、ターシャの母親が病気になってしまい、ターシャ達は城から出て行ってしまったのです。
 お姫様はカイルと別れた事がとても悲しくて、カイルと一緒に遊んだ塔に閉じこもってしまいました。
 その塔はとても高い塔で狭い螺旋階段を登って行くと一つのドアがありました。
 いつもは鍵が掛かっていて閉じていたはずのドアが今は開いています。
 更に、中からはカラカラという音が聞こえてきました。
 お姫様は不思議に思い、部屋の中に入りました。
 中には一人のおばあさんがいて、見た事もない道具で麻を紡いでいました。
「…こんにちは。そこで何をしてらっしゃるの?」
「糸を紡いでいるんだよ」
 その道具は王様が全て燃やしてしまったはずの“つむ”だったのです。
「糸?とてもおもしろそうだわ」
「やってみるかい?」
「よろしいのですか?」
 お姫様は“つむ”を手にとって自分も紡いでみようと思いました。
 ところが、そのおばあさんはあの13人目の魔法使いだったのです。
 お姫様が“つむ”に触ったとたん、あの呪いの通りになってしまいました。

 お姫様は“つむ”で指を刺し、ベッドの上に倒れ、そのまま深い眠りにおちてしまいました。
 その瞬間、城中に眠りが広がりました。
 王様とお妃様は大広間で、馬は馬小屋で眠り込み、犬は中庭で、鳩は屋根の上で眠りについたのです。
 更に、カマドの中で勢い良く燃えていた炎までもが動かなくなりました。
 風もピタリと止まり、城は木の葉一枚動かなくなりました。
 城全体の時が止まりました。
 12人目の魔法使いの魔法がかかったのです。

 もう何年が過ぎたでしょう。
 城はどこから生えたのか、いばらにすっかり包まれてしまいました。
 屋根の上の旗さえどこにあるか分からないほど、いばらは伸び続けました。
 そのいばらの城の中で眠っている美しいお姫様の噂は国中を駆け巡りました。
 いつしかお姫様は“いばら姫”と呼ばれるようになりました。
 この噂を聞きつけ、色々な国の王子が訪ねてきました。
 そして、いばらの垣根を切って城へ入ろうとするのですが、いばらはまるで生きているかのように伸び、王子達に無惨な死をもたらすのです。
 王子達が死んでいくたび、いばらは赤い花を咲かせました。

 その噂は遠くカイルのもとまで届きました。
 あれから15年が過ぎ、カイルは20才になりました。
「姫…」
「姫様、お可哀相に…」
「母さん。俺、姫を助けに行くよ」
「カイル!?」
「俺は小さい頃、姫に守ってもらっていた。今度は俺が姫を守る番だ!それに…約束したんだ」
「…行っておいで。必ず、姫様を助けるんだよ!」
「もちろんだよ!」
 こうしてカイルは姫を助けに城へ向かいました。

 カイルが城門に着くと同時に、遠い国の王子も城に着きました。
「お前さん達、いばら姫を助けに行くのかね?」
 老人が2人に話しかけました。
「えぇ」
「止めた方がいい。今まで誰一人として生きて帰った者はおらんのじゃ」
「知ってますよ、おじいさん。でも俺は姫を助けないといけないんだ。姫と約束したんです…」
「君は?」
「俺はカイル…貴方みたいに王子ではないけれど、姫の幼なじみです」
「姫を救うのに王子であるないは関係ないさ。共に姫を助けに行こう」
 2人はいばらの城に向かって歩き出しました。
「あぁ、彼らも…」
 老人は2人の後ろ姿を見送りながら呟きました。
 ところが、いばらが彼らに道を開け始めたのです。
 今まで、誰一人として入れなかった城の中に2人は入って行きました。
「どういう事だ?」
「私達のどちらかがいばらに認められたんだろう…私か、君か」
 2人は城の中に入ると全てが止まっている事に気付きました。
「姫はどこにいるのだろうか?」
「…きっと、あそこだ」
 カイルは古い塔に向かい、歩き出しました。
「なぜそう思う?」
「気付かないか?いばらの花はあの塔でしか咲いていない」
 2人は塔に入り、螺旋階段を登って行きました。
「多分、最上階にあった部屋に姫はいるはずだ」
「よく知っているな」
「ここで、姫と遊んでいたんだ」
 階段の途中にある部屋には目もくれず、カイルは階段を登りました。
 そして、最上階の小さな部屋の前までやってきました。
 そこはカイルの言った通り、いばら姫が眠っている部屋でした。
「…なんと美しい姫だ」
 王子は眠っているいばら姫に近づきました。
「噂は聞いていたが、これほどとは…他の男に渡すのは口惜しい…」
 王子はいばら姫の細い首元に剣を近付けました。
「おい!?何をする気だっ!」
「…姫」
「ちっ!」
 カイルは横にあった椅子の脚を折り、王子に向かっていきました。
「動くな!動くと姫を殺すぞ」
 けれど、姫の首元に剣が突き付けられている限り、カイルは王子に従うしかありませんでした。
「お前…姫を助けにきたのでは…」
「あぁ、いばら姫を助けてこの国を手に入れようとした。だが、もうそんな事どうでも良い。この姫の美しさはどうだ!この世のものとは思えない!!」
「だからって、姫を殺す必要はないだろう!」
「いばら姫が目覚めれば、他の奴に奪われるとも言い切れない!ならば、この場で…いばら姫は私だけのものだ」
「お前なんかに姫を殺させはしない!」
 カイルは王子の手を目掛けて、折った椅子の脚を投げつけました。
「!!しまった」
 王子の手から剣が落ちました。カイルはその剣を足で部屋の隅に蹴り、王子と姫の間に入りました。
「姫…」
 カイルは愛しそうに姫を見つめました。
 王子はカイルに気付かれないように剣を拾い、カイルに向けて振り降ろそうとしました。
「なにっ?」
 ところが、いばらが剣に巻き付いて、王子の手から剣を奪ってしまいました。
「いばらが…」
 いばらは見る間に王子の躰に巻き付いていきます。
 王子の姿が完全にいばらに取り込まれた後、どこからか声が聞こえてきました。
『私は“いばら”姫を守る“いばら”』
「姫を守る、いばら…?」
『姫の本当の王子が現われるまで、私は姫を守っていた』
「本当の王子?」
『私は姫が本当に望む人…姫の心を目覚めさせられる唯一の人を待っていた。私は“いばら”姫の心の化身』
「心…?」
『…貴方をずっと待っていた。カイルとの約束を信じて…早く私を目覚めさせて…』
「俺との約束を…覚えて…?」
 もう“いばら”の声は聞こえませんでした。
「ローザ姫…」
 カイルは姫との約束通り、姫に口づけました。
 するとどうでしょう。
 姫はゆっくりと瞳を開けました。
 そしてカイルを見つめ、優しく微笑みました。
 その時です。
 城中の時間が動き始めました。
 王様もお妃様も目覚め、馬は体を揺らし、犬は中庭を走り回り、鳩も元気良く飛び立ちました。
 カマドの炎も勢い良く燃え出しました。
 風も吹き、庭の木も木の葉を落とし始めました。
 あんなに茂っていたはずのいばらは、全て消えてしまいました。
「姫様…」
「ありがとう…貴方が、私を眠りから覚ましてくれたのですね。約束を…覚えていてくれたのですね…カイル」
「けれど…俺は姫を守れなかった…こんな事になったのは、俺が姫を守れなかったからです…」
「そんな事ないわ…私は眠っている間、ずっと何かに守られていたの…それは貴方との約束。カイルを信じていたから、私を目覚めさせられるのはカイルだけだと信じている自分…だから、私を信じさせてくれたカイルが私を守ってくれたのよ」
 姫はカイルの頬にキスをしました。
「もう、どこにもいかないで…ずっと、私の傍にいて」
「もうどこにもいかない…俺が姫を守り続ける」
「カイル…」
「…ローザ」
 カイルは精一杯の愛を込めて、もう一度、姫に口づけました。

 こうして、姫はカイルと結婚し、ずっと幸せに暮らしました。
 
 

<END>

「いばら姫」「眠れる森の美女」
これ・・・どう違うんでしょう?
同じに思えるのは深結の気のせいでしょうか?
きっと、脚色家(いるのか?)が違うんだな!
そうだ!そうに違いない!そうであってくれ!
  
初UP  (C) 19990312 志月深結
Renew (C) 20000701 志月深結

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