[向日葵]
8月の初め。
世間一般の学生は夏休みで盛りあがってる中、私は学校にいちゃったりする。
別に好き好んでこんなトコにいるわけじゃないのよ。
休み前の数学のテストでね、やっちゃったワケよ…赤点。
つまりは、補習ってコト。
「はぁ〜ついてないなぁ…」
「お前の場合、自業自得だろ」
私の隣で笑う珪。
「む!私はね文系なの。あんな数字の羅列なんて見てるだけで目眩がするわ!珪だって寝てたくせに!」
「仕方ないだろ、眠かったんだから…」
「とにかく、私は補習なんてさっさと終わらせて遊びに行きたいのぉ〜!」
「ほぉ…16点なんて数字を取っておきながら、良い度胸だな、美田嶋?」
真夏だっていうのに、背筋が凍りそうな声。
「!!!!ひ…ひむろせんせぇ…おはよぉございますぅ」
「そんな美田嶋に私からの贈り物だ」
至ってクールに言ってのけたヒムロッチから渡されたのは1冊の分厚い問題集。
「こ、これはぁ…?」
ま、まさか………。
「新学期までに全問解いてきなさい」
やっぱりぃ〜〜〜〜!?
「こんなにムリです〜!」
パラパラめくりながら、見たこともない問題に頭痛がしてくる。
「おや、不満か?ならばもう1冊増やしてもいいのだが…」
「いえ、すっごく嬉しいです!がんばりますーー!!」
私…死ぬかも。
涙でぼやけた視界で珪を見上げると…
「ま、がんばれ」
なんて、薄情な台詞が返ってきた。
補習内容は先生特製プリント10枚。
ムダな時間が嫌いなヒムロッチは職員室でお仕事中。
"プリントが終われば提出して帰って良い"だって。
でも、そんなに簡単に終わる内容じゃないんですけど…。
「ユッキー。ここ分かる?」
補習を受けてるのは、私と珪以外にも数人。
「私に聞くだけムダ〜。なつみんの方が点数良いんだから!」
「あ〜もう、今度は絶対にヒムロッチにリベンジしてやるわっ!」
「その時は、私の分もよろしくね…てゆーか、今日はなんで和馬クンとまどかクンいないの?」
この4人は補習の時のいつものメンバー。
珪は本当は頭良いから、今日みたいなことはあんまりないんだよね。
「あぁ、鈴鹿は試合だって。姫条は…またどっかでサボってんじゃないの?」
「サボってたわけちゃうで。臨時のバイトで遅れただけや」
なつみんの声とかぶるように聞こえてきたのは、特徴的な関西弁。
「あ、オハヨ。まどかクン」
「おはよーさん。今日もかわいいな〜雪流」
「アハ。ありがと。まどかクンもカッコイイよ〜」
最初はちょっとひいてたこのノリも、最近はまどかクンらしくていいなって思う。
「せやったら、今度俺とデー」
「雪流」
急に名前を呼ばれて振り向くと、珪の瞳が"こっちに来い"って呼んでる。
「なんや……アイツもおったんか」
「あ、うん。ちょっとごめんね、なつみん、まどかクン」
「で、なに?」
私は隣の席に座って、珪を見つめる。
「別に」
頬杖をついたまま、私と目を合わせようとしない珪。
「別にじゃないでしょ。ちゃんと言ってくれないと、またあっちに戻るからね、私」
「…………お前、ここにいろ」
あれ、もしかして珪ってば…。
「…早くプリント終わらせて帰るぞ」
やっぱり、赤くなってる。
もしかして、妬いちゃったりしちゃったのかな?
「うんv」
そんな心配しなくていいのに…でも、嬉しい♪
「やっと終わった〜〜!!」
結局、全部のプリントを終わらせるのにお昼過ぎまでかかっちゃった…。
珪なんてすぐ終わらせちゃって、後はず〜っと寝てるのよ。
手伝ってくれてもいいと思わない?
まぁ、待っててくれてるってことなんだけどさ…。
「ウソ!?ユッキー終わったの?」
「エへへ。おっさき〜♪」
後片付けをしながら、私は満面の笑顔でなつみんにVサインを出す。
多分ね、今まででベスト5に入るぐらいイイ顔してると思うわよ、今の私。
本当にそれぐらい嬉しいんだから。
「珪。起きて。終わったよぉ〜!」
「……なに」
眠たげな瞼をこすりながら、珪は意識を取り戻す。
「おはよv」
珪の寝顔っていつ見ても可愛いんだよね。
本人には絶対に言わないけど♪
「あぁ…おはよう、雪流」
不意にぐいっと引寄せられて、私は珪の膝の上に座ってる状態。
「え……」
直後、口唇に触れる柔らかな感触。
「………」
「………」
………………………!!!!!!
「……っば、ばかぁ〜!な、な、なにすんのっ!」
我に返るのに、軽く30秒はかかったかも…うぅ、不覚!
「なにって…いつもして…」
「学校ではしちゃダメって言ったでしょ!まだ寝ぼけてるんなら参考書で叩き起こしてあげるわよ!!」
も〜絶対にみんなに見られた〜!
恥ずかしいよぉ〜〜〜〜!!!
「……あぁ、そうか」
"…あぁ、そうか"じゃないわよぉ!!
「もぅ、珪なんてしらないもん!ばかぁ!!」
顔が熱くって、多分、耳まで真っ赤になってる、私。
とにかく、早くここから消えたくて、私は鞄を持って教室を飛び出した。
だから、この後の事なんて全然知らなかったのよ。
「うわ〜。あの"葉月珪"に向かって怒鳴りつけるなんて、ユッキーしかできない技ね」
「お前、いくら顔がええからって、嫌がる女の子、無理やりっちゅーのはあかんやろ」
「…別に、嫌がってないし」
「は?せやかて、雪流…」
「"学校では"しなきゃいいんだろ。あ、これ提出しといてくれ。それじゃ」
「…うわ、まさか"葉月珪"からノロケ話聞かされるなんて…世も末だわ」
「なんやねん…アイツ全然寝ぼけてへんやん!めっちゃムカツクわ〜!」
新学期になつみんから聞くまで…ね。
「雪流!」
背中にかけられた声に、走っていた足を止める。
「…………」
たっぷりと時間をかけて振り向けば、そこには予想通り珪の姿。
走ってきたみたいで、少しだけ呼吸が乱れてる。
「悪かったな」
珪とのキスが嫌いなワケじゃない。
「………別に」
ただ、ビックリしただけ……。
「別にじゃないだろ。ちゃんと言ってくれないと、俺、もう雪流にキスできない」
「だからキスが嫌なんじゃなく……って、それ、さっきの私の台詞じゃない!」
「そうだったか?」
楽しそうに笑う珪は絶対に確信犯。
「ホントにしらないんだからっ!!」
「もう人前ではしないから…それならいいだろ」
…急に真面目な表情するのは反則だよ。
「………ん」
もう、怒れなくなっちゃったじゃない…。
「ウチ…来いよ。昼、一緒に食べよう」
私の顔を覗き込むように見つめてくる深緑の瞳と甘い声。
これは、珪が私のご機嫌を伺ってる時の仕種。
「………お昼ゴハン、珪が作ってくれる?」
だから、私も思いっきり甘えてやるの。
「雪流の好きなオムライス作ってやる」
「……問題集、手伝ってくれる?」
「毎日、つきっきりで教えてやる」
「…今日、泊まってもイイ?」
「そのまま、ずっといろ」
あ〜これで、満足しちゃう私もお手軽よね。
「クス…じゃあ、行ってあげるv」
珪の腕に自分のそれを絡めて、私は元気に歩き出す。
校庭の花壇いっぱいに咲いた向日葵みたいな、元気いっぱいの笑顔を浮かべて。