――!!――
その虚無感は突然だった。
眩い程の輝きを感じた。
桜の花が風で舞う校庭。
あいつはその中にたたずみ、オレの方を・・・オレを見ていた・・・。
―――・・・花火。花火が散った。
[春の花火を一緒に見よう ―the
Season for Love―]
「何やってんだ、アイツ?」
「?・・・知ってるの?」
興味本位か気紛れか、やけにそいつのことが気になった。
「え、確か同じクラスだろ」
「マジで?」
・・・言われた通り、そいつは同じクラスにいた。
しかも、オレの隣りの席に・・・。
「ねぇ・・・さっきさ、何やってたの?」
「・・・」
そいつは瞳を丸くしてオレを見た。
・・・何か、気に障るようなこと言ったかな?
「えっと、オレ・・・椎名鋼。お前は?」
「・・・竹内・・・早野」
意外とハスキーな声。
「OK!よろしく、早野」
話していくうちに分かったことがある。
オレと早野は意外な程、気が合うんだ。
性格が真反対だからか、早野がオレに合わせてくれてるのか・・・でも、こんなにシックリくる奴なんて滅多にいないんだ。
「なぁ、早野って料理上手い?」
「何、唐突に?そりゃ・・・人並みぐらいは出来るけど?」
「よかった。今日さ、泊まりに来てくれない?両親が居なくてさ・・・ご飯、どうしようかって思ってたとこなんだ」
「!!」
早野の表情が変わった。
オレと初めて話した時に見せた顔だ。
「何・・・今日、都合悪かったかな?」
「・・・!!え、いや!全然平気だよ。何時頃行けばいい?」
一瞬、何かに驚いたような顔をした後、早野はいつも通りの穏やかな表情に戻った。
「いつでもいいよ」
「いいの?買物とか一人で出来る?」
え、買物・・・って、何買えばいいんだ??
「・・・やっぱり、ガッコ終わってすぐにしよ」
今まで、料理らしき事をしたことがないオレは、当然のごとく、食事の買物にも行ったことがなかった。
野菜の名前や、魚の名前なんてどれも同じにみえてしまう・・・。
「OK。それじゃ、何か食べたい物ある?」
「ハンバーグッ!!」
あ・・・ガキって思われたかな?
でも、好きなんだもん・・・しょうがないじゃん。
「クスクス・・・いいよ。ハンバーグだね」
早野はゆっくりとした仕草で微笑む。
柔らかく、綺麗な笑顔。
「おじゃまします」
「何かしこまってんの?誰もいないって言ったじゃん」
「・・・そうだったね」
早野の様子がどことなくぎこちなかった。
でもそれは、オレの家に馴染めないだけだと、そんなに不思議には思わなかった。
「ごちそうさま!早野ってすごい料理上手!!」
オレは食卓に並んだ物をあっという間にカラにした。
「よかった、。結構、緊張しちゃってさ」
早野は胸を撫で下ろす。
そういえば、食べてる時もオレの方を気にしてたっけ。
「ふぅん・・・でも、別に失敗しても怒ったりしないよ?作ってもらってるワケだしさ」
「でもイイトコ見せたいじゃないか、好きな人の・・・―――!!!」
早野は慌てて口をふさいだ。
早野の顔から血の気が引いたのが分かる。
「早野・・・?」
今・・・早野は何を言いかけたんだろう・・・?
「な・・・なんでもないよ!もう片付けるから食器・・・」
早野はオレと視線を合わせようとしない。
「早野?」
オレは食器に伸ばした早野の手を掴む。
ごまかされるのは大嫌いだ。
「っ!鋼・・・」
早野は顔を赤く染めて、オレの腕を振り払う。
「何?ちゃんと言ってよ」
今まで、すれ違っていた視線がぶつかる。
「僕は・・・鋼が好きなんだ!」
オレを睨む瞳。
今にも泣き出しそうな・・・瞳。
「早野・・・」
オレはとてつもない焦燥感にかられていた。
自分から聞き出しておいて、答えを否定しそうになった。
「もう・・・帰るよ」
そう言う早野にオレは何も言い返せなかった。
ただ、去って行く背中を見送るだけ・・・。
「好きだよ」
そう言われたのは・・・何時のことだった?
「オレも・・・好き」
それに、震える口唇で応えたのはオレ。
オレの心に残る記憶と重なる・・・。
早野もあの人と同じ・・・?
オレを好きだと言った。
オレは・・・早野のことをどう思ってるんだろう?
とにかく・・・もっとちゃんと早野と話がしたかった。
あやふやなままで終わらせたくなかった。
オレは早野を追って外に出た。
「早野・・・どこに・・・」
不意に強い風がオレを襲った。
どこからともなく桜の花びらが舞い降りてくる。
桜。
そういえば、早野と初めて逢ったのは、今みたいに風の強い桜の舞う校庭だった。
「・・・学校?」
なぜか分からないけど、そう思った。
風に背中を押されるみたいに、オレは学校へ足を進めた。
夜の学校は見た目だけでも薄気味悪くて・・・こんな所に早野がいるのか今更ながら不安になった。
「早野!!」
それでも、オレは辺りに響き渡る声で早野の名前を呼んだ。
「早野、いるんだろ!?」
オレは校庭の端から端までを見渡した。
見慣れているはずの校庭も、昼間とはまるで違う場所みたいで・・・暗くて足元を見るのが精一杯だっだ。
「桜の・・・木」
オレは必死になって桜の木まで歩いた。
暗闇の中、桜は激しく自己主張するかのように煌々と咲き乱れていた。
どんなに暗くても、はっきりと浮かぶ桜色の輝き。
「早・・・野」
その輝きは早野を照らしていた。
尊いものを讃えるかのように、優しく、誇らしく。
「何しに来た?」
早野は桜の木にもたれかかったまま、オレを見つめた。
でも、その瞳はオレを見ようともしない。
「ちゃんと話がしたくて・・・」
「話なんて、もう必要ないだろ」
早野の表情がよく見えない・・・。
でも、その声は今にも消えそうだった。
オレは少しずつ、早野に近づいていく。
「どう思った?」
「え?」
「僕のこと・・・気持ち悪いだろ」
不意に、真っ直ぐな瞳がオレを捕らえた。
「そんな・・・」
何も言葉が浮かんでこない。
ここにいてはいけない・・・そう思った。
こんな瞳を、オレは見たことがあるんだ。
だけど、それは・・・いつ・・・?
「鋼が好きだよ。初めて逢った時から、ずっと好きだったんだ」
早野は桜の木を愛しそうに抱きしめた。
瞬間。
いつか味わったあの虚無感が再びオレを襲った。
「初めて鋼を見た時、僕の中で花火が散ったんだ・・・足が竦んで動けなかった」
花火?
オレと同じ・・・花火?
早野は再度、視線をオレにぶつけてきた。
あの時と、全く同じ瞳で・・・。
その瞳を、恐いと思った。
不意に早野の顔が間近に近づいた。
「っ・・・」
口唇の感触。
冷たい・・・でも、躰が火照る。
オレの躰・・・それとも、早野の?
「鋼らしくないなぁ・・・それとも、恐い?」
「別に・・・恐くなんか・・・」
早野の言う通りだ。
オレらしくない・・・。
手が、足が・・・躰が思うように動かない。
こんなのおかしい・・・。
でも・・・この感じ・・・前にもあった・・・。
「知ってる?桜は人を狂わせるんだって。本当・・・こんなに綺麗なんだ・・・人間なんて簡単に魅了してしまう・・・まるで、鋼みたいだ」
「・・・」
声が出ない。
オレは早野にされるがままになっていた。
オレは・・・早野が好きなのか・・・?
「拒まないの?」
そう言っておきながらも、かまわずオレを玩ぶ。
「っ・・・あっ・・・」
これは恋じゃない。
まるで、独りぼっちの子供が母親の愛情を求めるような、疑似恋愛。
でも・・・だからこそ拒めなくなる。
恋じゃなくても、疑似恋愛でも、オレは欲しがってる・・・求めてる。
早野・・・を?
これは桜の見せる幻覚なんだ。
そう・・・あの時だって・・・きっと・・・。
「・・・キツクしないから・・・力・・・抜いて」
「さ・・・・や」
オレは早野にしがみつく以外何も出来なかった。
「鋼・・・」
甘い。
甘い響き。
早野の心地良い声が耳元に絡みつく。
「・・・いっ・・・やぁ」
桜の木に背中を押しつけられて、揺らされる。
ヒンヤリとした背中。
汗ばんだ胸元。
瞳に浮かぶ涙。
カラカラに渇いた口唇。
熱を持った・・・躰。
全てが、早野の思うがままに・・・。
「は・・・がね・・・っ!」
もう・・・何も考えられない。
―――散った。桜色の花火・・・早野を初めて見た時に散った、花火。
「・・・ごめん」
桜の木にもたれたままのオレに自分のシャツをかけた早野は、それ以上オレに触れようとしなかった。
「なんで・・・謝るのさ?」
「っ!僕は君を・・・」
「・・・オレのこと、まだ好きなの?」
躰に力が入らない・・・。
こんなことぐらいで・・・一歩も動けないなんて。
「好きでいることを許される限り・・・僕は鋼を嫌いになんてならない!なれるわけがないじゃないかっ!!」
「許されるってなんだよ?女じゃあるまいし、レイプされたからなんだってんだよ!お前が誰を好きになろうとオレには関係ない!!」
レイプ・・・自分で言っておきながら、その言葉に傷ついた。
あれは・・・思い出・・・。
これは・・・現実。
オレは桜の木に縋りながら、体勢を立て直す。
「僕を・・・軽蔑する・・・」
「・・・オレは・・・お前を好きになんてなれない」
早野はオレと視線を交えた。
「オレは・・・誰も好きにならないから・・・」
「鋼・・・?」
「でも、早野のこと嫌いじゃないよ・・・」
「・・・鋼・・・?」
光の入らない早野の瞳が光ったような気がした。
活気付くっていうのは、こういうのをいうのかもしれない。
「本当に・・・嫌わないで・・・くれるのか?」
「・・・う・・・んっ!?」
オレの返事は早野のキスでかき消された。
口唇を離そうと躰を引くけど、早野はそれを許してくれなかった。
何度も何度も早野の温もりが伝わって、絡みあった。
「っ・・・ん・・・ふっ」
愛着を残したまま口唇が離れて、オレはゆっくりと瞼を開ける。
間近に見える真っ直ぐな早野の瞳。
どこかで見たことのある・・・不思議な瞳・・・懐かしい・・・。
この瞳には、オレはどんなふうに映っているんだろう。
突然、強い風が吹いた。
あの日のような強い風・・・。
オレ達に・・・桜の木に吹き付けた。
「すごい・・・」
オレは息を呑んだ。
幻想的な場面が目の前に広がっていた。
風に舞う無数の花びら。
暗闇に浮かび上がった、桜色の・・・
『花火だ・・・』
早野が呟いた言葉。
そして、オレも同じ言葉を呟いていた。
オレ達は、同じものを感じていた。
オレ達は、同じものを見ていた。
オレ達は、同じ世界に立っていた。
桜の見せる、幻の中に・・・。
「鋼を・・・愛してるんだ」
早野の言葉に聞こえないふりをした。
オレは早野を愛していない。
オレは、愛せないんだ・・・。
それでも、早野を離したくないと思った。
この想いが、恋じゃないとしても・・・。
それが、どんなに卑怯なことだと知っていても・・・。
オレは・・・幸せになりたかった。
オレ達は桜の花が舞うアスファルトの道をゆっくりと歩いた。
手をつないで・・・お互いの存在を確かめ合うように・・・。
しっかりとつながれたその手を離したくはなかった。
もしも、神様・・・。
アンタが本当にいるってゆーなら、きっと、オレはアンタの所へは行けないんだろうね。
オレは、だましてる。
早野も自分も・・・。
それでも、オレは・・・幸せになりたいんだ・・・。
あの人の・・・ためだけに・・・。