「……お前、また来たのか」
 

「何度だって来てやるさ」
 

「賢者の石か…相当のバカだな。そんなにコイツが大事か?」
 

「アルに触るなっ!!!」
 

「ククク。いいぜ、返してやるよ。ただし、」
 

「等価交換、だろ」
 

「…あぁ」
 

「いいぜ。なんだってくれてやる。左手だろうと右足だろうと、心臓だって構やしない」
 

「そんなもの要らねえよ」
 

「な…に」
 

「代償はコイツから貰う。それが賢者の石を持つ者の規則だ」
 

「…ちょ、ちょっと待てよ!そんなの、冗談じゃねえ!!」
 

「別に捕って食う訳じゃない…コイツの身体には傷一つ残らない」
 

「……じゃあ、何を…」
 
 
 

「…お前には、これ以上の地獄はないだろうな」


 
 
 
 

  この瞳に見える 世界の果てに
 
 
 
 
 

 身体が上昇するかのように意識が戻る。
 何が起こったのか、まだ脳が理解しきれていない。
 ただ、自分の身体におかしい所は感じられなかった。
 ハッとして目を凝らせば、目の前の練成陣の中央で小さく動く影。
「ァ…ル…」
 あの日の風景が甦る。
 あの時、俺達が錬成したのは、生きた『何か』。
 もし…もし、今回もそれだったら?
「アル…」
 怖い。
 怖くて、たまらない。
 お前を失ってしまったら、俺は生きていられない。
「……………だ、れ」
 耳に届く、優しい声。
 それは、さっきまで傍で聞いていた声。
 

    「ボクは、兄さんを信じてるよ」
 

 そう言って、練成陣に横たわった俺の弟。

 俺の、最愛の人。

「アルフォンスッ!!!」

 取り戻した。
 やっと、取り戻した。
 
 
 

「…………………アナタは…誰?」
 
 
 

「…アル?」

「…どうして、ボクの名前を…知ってるの?」

「ァ……ル……ッ」
 
 
 
 

   《お前には、これ以上の地獄はないだろうな》
 
 
 

   《代償は『記憶』》
 
 
 

   《弟が持つ、お前に関する全ての『記憶』だ》
 
 
 
 
 

 それでもいい。

 アルが、戻ってくるなら…構わない。

 アルの身体を。

 アルの笑顔を。

 取り戻せれば。

「俺…は、エドワード」

 俺の事なんて、憶えてなくてもいいんだ。

「エドワード…?」

 キョトンと首を傾げる姿は、昔と何も変わっていない。

 よかった。

 俺の知ってるアルフォンスだ。

「あぁ、俺は、エドワード=エルリック」

 ただ、その記憶に俺は居ない。
 
 

 ………ただ、それだけの事じゃないか。
 
 

「エド…ワード……っ」

 俺の名を呟くように繰り返していたアルの身体がグラリと傾く。

「アル!?」

 それを支え、その身体を初めて腕に抱く。

 年相応の体躯にしては大分軽いが、確かな重みを感じられた。

 触れ合った温もりは間違いなくアルの鼓動を動かしていた。

「…どうして…かな…」

 俺の腕に抱かれたまま、形の良い眉を僅かに歪め、苦しそうに見上げてきた。

「ボクは、アナタを…知らないのに…」

 頬を涙で濡らしながら。

「……アナタに逢えて、とても嬉しい」

 苦しそうに眉を歪めながら。

「…アナタが……とても、懐かしい」

 それでも、俺を見て微笑むその表情が。

「ッ………アル!」
 
 

 ああ…やっぱり……。
 
 

 …こんなにも、愛しいものは他にない。
 
 
 
 

 『等価交換』

 ずっと、その法則に拘っていた。

 けれど、そんなたった4文字の言葉で片付けられるものじゃない。

 怒り。

 悲しみ。

 不安。

 そして、期待。

 そんな感情から、錬金術は進化していく。

 そして、等価の均衡は崩れていく。
 
 
 
 

「アル…」

 俺の記憶を完全に失ったはずの弟。

 けれど、俺に逢えて嬉しいと涙してくれた。

「アルフォンス…」

 俺の記憶を完全に失ったはずの弟。
 
 けれど、俺が懐かしいと微笑んでくれた。

 それは、等価の均衡が傾いた証拠。

 錬金術では説明できない、人間の力。
 
 

 それが、奇蹟。
 
 

「…エド…?」

 そうさ。

 記憶がないのならば、これからを作ればいい。

 思い出がないのならば、これからを作ればいい。

 時間は、十分過ぎる程ある。

 幸いにも、俺は生きている。

 アルだって生きている。

 だったら、何の問題がある。

 今まで出来たものだ、出来ないわけがないじゃないか。

 俺達は、まだ、生き続ける。
 

「いいか、アルフォンス」
 

 この世界が地獄だというならば。
 

「俺達は、これからだ」
 

 俺が天国に変えてみせる。
 
 
 


アルの体を取り戻した時、やっぱり何かを持っていかれるんじゃないかと思いまして…。
何パターンか考えて、一番幸せそうなのを書きました(笑)
過去よりも未来を勝ち取れって感じで…。
多分、この二人なら幸せになってくれると思われます<なんて身勝手なι
しかし、この場合エドは機械鎧のままですねぇ。

20040305

モドル