二人の錬金術師
有り得ねぇ。
絶対に有り得ねぇ。
こんな事って有りか!?
「あの…兄さん」
オドオドした言葉とは裏腹に、キッと見上げてくる瞳が心底訴えてくる。
「ボク…兄さんをもっと救けたくて…」
俺には悪いと思ってるけど、自分は間違っちゃいない。
「今のままじゃ、迷惑かけてばっかりだし…」
どうしてそんなに反対するのかって…。
「少しでも兄さんの役に立ちたくて…」
あぁ、そうさ。
アルは間違っちゃいない。
間違ってるのは俺かもしれない。
でも、これだけは…認めたくないんだ。
「いい加減、認めたらどうだ。鋼の」
「関係無い奴は黙っててくれないか」
「兄さん!そんな言い方しないでよ!ボクが悪いんだから…」
今の俺は、自分でも驚愕するほど抑えてるんだぞ。
その俺の苦労をお前は分かってるのか!?
いいや、分かってないだろう。
分かってたら、そんな奴庇ったりしないもんな!!
「あぁ、そうだ!俺がクソつまんねぇ南部の仕事から帰ってきたら、弟は国家錬金術師になってましただぁ!?冗談じゃないっ!!」
お前だけは、絶対にこっちに来てほしくなかったのに。
「今からでも遅くないだろ。やめろ」
「イヤだっ!ボクはもう決めたんだ!国家錬金術師として兄さんを救けるって!!!」
「誰か救けてくれって頼んだよ!?」
「ボクが、兄さんを救けたいんだっ!!!」
昔と全然変わってない。
一度言い出したら何を言っても聞きゃあしない。
「俺にはお前の救けなんて必要無い」
「…なんだよ…それ…ボクは…そんなに頼りないワケ?」
今だって、その小さな身体で精一杯虚勢して…。
頼りにしていない訳じゃない。
だけど、俺はお前を護りたいんだ。
「…………」
そんなアルを見て、何が言える。
「っ………もういい。兄さんのバカッ!!」
飛び出したアルの足音が階段を登っていく。
自分の部屋に戻ったのが分かって、俺は溜息を吐く。
「鋼の…大人気無さ過ぎだぞ」
「るせー…わかってるよ、んなこと!」
ソファーに乱暴に腰を下ろし、アルの部屋にあたる天井を見つめる。
「アルを唆したの、アンタか?」
「……私とて、アルフォンス君が軍に入るのはあまり好ましく思っていない」
「アンタじゃないなら……あのオッサンかよ」
「君の時同様、かなり異例だったな……鋼の、これを」
手渡された大総統紋章に六芒星の封書。
中身は容易く想像できる。
国家錬金術師の拝命書と銀時計。
「はっ…俺にさせる気かよ。あのオッサン、やっぱ趣味悪ぃな」
「それについては否定しないでおこう…さて、アルフォンス君もいなくなってしまったし、私もそろそろ帰るとしようか」
聞き捨てならない単語に相手を睨めば、業とらしく肩を竦めて視線を逸らされた。
「おい。中将なんかで止まってないで、さっさと大総統にでもなんでもなりやがれ」
それで、アルが傷付かない世界が出来るなら、俺はいくらだって協力してやる。
「愚問だな」
くく、と喉で笑って、マスタング将軍は踵を返した。
それからしばらく封書と睨み合いを続けていた俺は、ゆっくりと重い腰を上げた。
2階の一番奥の部屋。
ゆっくりと、大きく、ノックを3回。
「アル…入るぞ」
ドアを開ければ、大きなベッドに突っ伏している小さな身体。
ベッドに座ればギシリと軋んだ音を立てる。
枕に顔を埋めたまま、微かに上下する肩にそっと触れる。
「…兄さんのバカ」
「あぁ、バカかもな」
「分からず屋。俺様。人でなし。豆」
「はいは…って、もう豆じゃねえ!」
「どうして分かってくれないのさ!」
枕に押しつけたまま、くぐもった声。
「……俺が悪かった。謝るからこっち向いてくれよ」
背中を撫でながらそう言えば、アルはゆっくり顔を俺に向けた。
「なぁ、アル」
向くだけ向いて何も言ってこないアルに苦笑しながら俺は言葉を続けた。
「別にお前が国家錬金術師になる必要なんてないだろう?今のままでもお前は充分俺を救けてくれてるぜ?」
「………」
首を大きく左右に振って、アルは俺を見据えた。
「鎧の時は、どこに行くのも一緒だったのに…この身体に戻って、兄さんはボクを置いて行く…いつだってそうだ。ボクを守るために自分を犠牲にしようとする…」
静かに、だが力強く告げられた言葉に、俺は言葉をなくす。
無意識に、遠ざけていた真実。
アルを護ろうとして取った行動。
アルが傷付くのを恐れた結果。
「ボクだって、兄さんを、護りたい」
確かに中身は立派な大人かもしれない。
それでも、今のアルを形成するのは、ほんの小さな10歳の子供の身体。
俺の腰ほどしかない体躯で、俺を護りたいと言う。
俺の半分の太さもない腕で、俺を護りたいと言う。
「アル…」
その身体を抱き寄せた時の、あまりの軽さに息を呑む。
「もうお前の身体は鎧じゃないんだ…撃たれれば痛いし血だって出る」
「それは兄さんだって」
「俺は傷付くお前を見たくない!」
アルの言葉を遮って、その身体を強く抱き締めた。
「それでも…例え傷付いても、ボクは兄さんの傍にいたい…」
背中に回された腕がギュッと俺の服を強く掴む。
「お願いだから…ボクを置いて行かないで」
決して引く事をしない、意思の強い眼差し。
「ボクも、兄さんを置いてなんて逝かない…」
全て、見透かされていた、俺の弱さ。
アルが傷付くのは嫌だ。
けれどなにより、俺が傷付きたくなかった。
あの日の二の舞は絶対にしたくない。
俺の目の前でアルがいなくなるなんて、耐えられない。
「どこまでも、一緒に連れてって」
その言葉で充分に理解した。
アルも俺と同じ想いだということ…。
「……お願い、兄さん」
抱きついたまま見上げてくる、黄金の瞳。
あぁ、そういえば昔からそうだった。
「…………わかったよ」
俺は、アルに勝てた事がないんだ。
「ほら」
ベッドの上、アルを膝上に抱いたままの姿勢で、俺は封書を開けて銀時計をアルに渡す。
「ねー兄さん、もうちょっと真面目にやろうよー」
「嫌だね。許してやっただけでもありがたいと思え」
膝の上で暴れるアルの頭に軽く顎を乗せた格好のまま、次に取り出したのは、封筒の中の1枚の拝命書。
そこに書かれた、俺の時と同じ文言。
「大総統キング…………」
あぁ、くそっ。
なんかあの悪趣味オヤジにアルが汚されるみたいでムカツク。
アルはアイツや大衆のために国家錬金術師になる訳じゃないんだぞ。
「兄さん?」
「…鋼の錬金術師エドワード=エルリックの名において」
「ちょ、ちょっと。勝手に変えていいの?」
「いーんだよ。アルは俺のために国家資格取ったんだろ?だったら、俺に誓ってろ」
俺もあの時お前に誓ったんだぜ?なんて言葉はまだ言わないでおく。
「もー。なんだよ、それ」
否定しながらも笑顔を浮かべたアルを見て、俺は言葉を続けた。
「鋼の錬金術師エドワード=エルリックの名において、汝アルフォンス=エルリックに銘……」
しばらく、その単語を見つめたまま呆然となった。
あのオヤジ…兄弟揃って重っ苦しい二つ名よこしやがって…。
けれど、だからこそ、この役目を俺にやらせたのかもしれない。
「兄さん?ねえ、なんて書いてあるの?」
下から覗き込んでくるアルを強く抱き締める。
そして、俺は囁く。
重い枷となるであろう、呪いの呪文。
アルを縛り付けるであろう、荊の鎖。
「汝アルフォンス=エルリックに、銘"魂"を授ける」
なあ、アル。
俺は、お前と一緒にいるよ。
最期の瞬間には、必ずお前を連れて逝く。
そして、もし、誰かの記憶に残るなら。
鋼より、魂より、こう記されたい。
共に在った、二人の錬金術師、と。
ヘタレ豆全開でごめんなさい(>_<)
当サイトでのアルの二つ名は"魂"です。
"魂の錬金術師"…アルは治療を得意とする設定なんでそうしました。
もちろん、鎧時代の魂の定着も意味してます。
ちなみに国家試験はニャンコの怪我を治しただけだなんて…言えやしないよ(苦笑)
最後がこじつけっぽく感じるのは気のせいじゃありません。
鋼に関してはまだあまりキャラが掴みきれてないせいか、どうも文章構成が上手くいきません…。
読みづらくてごめんなさい。
次こそはがんばります!!
20040213
モドル |