優しい手
 
 

 どうしてだろう?
 彼は、職場では、ボクに触れない。
 

 どうしてだろう?
 彼は、家では、ボクに触れる。
 …というか、正直ウザイぐらい触れてくる。
 

 この差は…何だろう?
 
 
 
 

「ねえ、中将」
 二人しかいない執務室。
 書類をまとめながら、斜め後ろに座っているであろう彼に声を掛ける。
「なんだね、少佐」
 相変わらずの澄まし声。
 コーヒーでも飲んでいるのだろうか、カチャと陶器の擦れる音が小さく聞こえた。
「どうしてボクに触らないの?」
「ぶっ!?」
 盛大な噴き出し音に嫌な予感がして視線を向けると、予想通りというか、なんというか…。
「もう、何してるの!書類、早く拭いて!!」
 真っ白なはずの書類の一部が茶色く変色した後だった。
 
 

「…今のは」
 仕方なく、ボクも一緒に書類を拭いていると、珍しく真剣な中将の声が聞こえた。
「ん?」
 視線を向ければ、これまたえらく真剣な目をした中将の顔。
「誘っていたのか?」
「…中将。寝言は寝てから言って下さい」
「しかしだな。脈略も無くあんな事を言われれば男は誰だって…」
「…本当に寝ますか、永遠に」
 パンッと両手を合わせてニコリと微笑めば、
「わ、私が悪かった」
 引き攣った中将の笑顔が返ってきた。
 

 二人で黙々と散らばった書類の片付けをする。
 彼の真白な手袋が机の上を行ったり来たり。
 ボクはその動きを視線だけで追いかける。
「…………やっぱり訂正」
 ポツリと口から出た言葉。
「少佐?」
 書類を集める手を止めて、何の事だ?と不思議そうにボクを見る中将。
「誘うコトにする」
 言うと同時に中将の手を引き寄せ、真白な手袋の、ちょうど練成陣が描かれた場所に口づける。
「ア、アルッ!?」
 弾かれるように、慌てて引かれた腕。
 今のは、ちょっと…傷付いた。
「なに…ボクが誘っちゃダメなワケ?」
 いつもはベタベタ、ボクが止めてって言っても触ってくるくせに。
「ロイの気分が乗らないと、ボクには触ってもくれないの?それって、ボクに失礼じゃない?」
 まるで、ボクの気持ちなんて無視してるみたい。
「違う!違うんだ!」
「何が、どう、違うって言うのさ?」
 プイと身体ごとそっぽを向いて、ロイから視線を逸らす。
 子供っぽいコトしてるってわかってるけど、言わずにはいられない。
「人の手、振り払っといてよく言うよ!」
 睨みつけようとして振り向く前に、背中から抱き締められた。 
「君には、ちゃんと触れたいんだ」
 …そんなコト言われても、さっき振り払ったのはどこの誰?
 言ってる意味が分かんない。
「こんな手袋越しじゃなく、ちゃんとした私の手で、君に触れたい」
 ボクの目の前でギュッと拳を握る手。
「それに…これは、何人もの人間を傷付けてきた手だ……布きれ一枚に罪を着せる訳ではないが、君に触れる時は中将としてではなく、ただの男として触れたい」
 頭上から聞こえる押し殺した声。
「……………はぁ」
 あぁ、そういえば、そうだった。
 アナタがボクに触れないのは、その手袋をしてる時だけ。
 よく考えれば分かるコト。
 アナタの考えそうなコト。
 まったく、もう…本当に、どこまでもバカな人。
 バカで情けなくて…本当に優しい人。
「あのね、ロイ」
 強く握られた拳を解き、片方の手袋を外す。
「こっちの手も、こっちの手も、ボクにとっては同じなの」
 ロイの手に自分の手を重ね、ボクの頬に触れさせる。
「中将だろうが、焔の錬金術師だろうが、無能な上司だろうが、関係ないの」
 片方には熱を持った素肌、片方には僅かに冷たい革の手袋。
「全部。全部がアナタを形成してる。ボクはこの手を持つ人間が好き」
 …後ろ向いてて良かった…。
 今、ボク、絶対に真っ赤になってる。
 普段はこんなコト、何があっても言わないよ?
 もう、今日のロイがおかしいからいけないんだ。
「…ありがとう…アルフォンス」
 もぅ、もう、もうっ!
 そんな声で名前呼ばないでよ。
「…本当はいつだって君に触れていたいんだ」
 そんなコト言わないで。
 ギュッてしないで。
 ボクまでおかしくなっちゃうじゃないか。
「好きだ…愛してる…これからも、君に触れさせてくれ…」
 あぁ、もう、やっぱりおかしくなってる。
 …今日だけだからね、もう、絶対に二度と言わないんだから!
 
 

「……ボクだって、ロイに触られるの…好きだもん」
 
 

 触って、いいよ。

 遠慮なんてしないで。

 アナタの手が汚れているなら、ボクがキレイにしてあげる。

 アナタは望まないだろうけど、出来るコトならボクも一緒に汚していいよ。

 だから、触って。

 アナタのこの優しい手で。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「そうだ、アルフォンス」
「ん?」
「せっかくだし、今日はここでしてみるのも…」
 

 パンッ
 

「買A、アル!すまない!!もうしないから、突起錬成は止めてくれっ!!!」
「うるさい!そのまま真理のトコ行っちゃえ、バカァーーッ!!」
 

 …やっぱり、しばらくは触るの禁止!!!
 
 


懺悔します。
じつわ、これエドアル用に溜めてたネタです(笑)
えぇ、生身と機械鎧ネタだったんです…。
なのに、なんだってこんなコトに…。
最初は違うネタで書いてたのに、書き終わってみたらすっかり変わってました。
おかげで、大佐がすっかりヘタレに…。
格好良い大佐が書きたいのに…無理なのかっ!?
あぁ、無能な管理人をお許し下さい。

20040324

モドル