『普通の恋愛 4』
 

 誰も愛さないと青年は言った。
 お前だけを愛したいと青年は言った。
 それでも彼等の意識は少しづつ近づいていった。

§4 繋がり

 四人は行きつけのファーストフード店で少し遅い昼食を食べていた。
 最近は、四人で行動することが増えていた。
 偶然にも同じ学科で授業も同じものが多かった。
「それで、秀壱は崇史んトコにいるワケ?」
「こいつワガママだから大変だろ?好き嫌い多いし、気紛れで帰ってこなかったりしてさぁ。メシ作って待ってる身にもなれっての」
「猫みたいに言うな」
 あの告白以来、崇史の想いを秀壱は少しづつ受け入れていった。
 まず、崇史は秀壱の仕事を辞めさせたかった。
 もう、秀壱に汚いなんて思わせたくなかった。
 そのために、崇史は秀壱と一緒に暮らすことを選ばせた。
 もう、他人の家やホテルになんて行かせたくなかった。
 それでも、秀壱は崇史を完全に信じたわけではなかった。
 秀壱にとって躰の繋がりが全てであり、言葉は飾りにすぎなかった。
 そして、キスしか求めてこない崇史に疑問を覚えていた。
「遠野に迷惑かけんじゃないぞ」
「智と違って崇史は優しいもん」
「なぁ・・・秀壱と長谷部ってどういう知り合いなんだ?」
 崇史の中の一つの不安。
 それは、長谷部智という存在。
 秀壱が智をどんな風に思っているのかが分からなかった。
 智に対してだけ明らかに周りとは違う反応を示す秀壱に、崇史は隠せない苛立ちを覚えていた。
「あぁ、俺達は・・・」
「・・・どうしてそんなこと聞くのさ?」
 智の言葉を遮ったのは、秀壱本人だった。
 しかも、その表情はあからさまに嫌悪感を含んでいた。
「え・・・俺はだた・・・」
「・・・オレ、そういうの大嫌いなんだ・・・帰る!」
「秀壱!?」
 その視線は崇史にだけ向けられ、反らされた。
 秀壱はそれ以上何も言わずに席を離れる。
 そして、人込みに見えなくなりそうな秀壱の背中を崇史は追いかけた。
「・・・なんか、崇史って秀壱の後を追いかけてばっかだなぁ」
「でも、秀壱があそこまでワガママ言うの俺意外では初めてだぜ」
「・・・長谷部も苦労してんだな」

「秀壱!待てよ、秀壱!!」
「・・・君はオレの何を変えたいの?顔?性格?それとも、全然違うオレにしたいワケ?」
「俺は、お前のことが知りたいだけだ」
「・・・それで?君の想像と違うオレがいたら、君はオレから離れていくんだ」
「違う!俺はどんなお前でも好きでいる!ただっ!ただ・・・」
「・・・智に、嫉妬した」
 確実に的を突いてくる秀壱に崇史は言葉を無くした。
 何もかも見透かすような漆黒の瞳が崇史を見据えた。
 もう、何度目になるのだろう、崇史がこの瞳に捉えられるのは・・・。
「・・・そうだよ。俺はアイツに嫉妬した。お前が好きだから、どんな秀壱でも知っていたい・・・俺は独占欲が強いんだよ!」
「・・・そう、じゃあオレがどんなヤツか教えてあげる」
 秀壱は崇史の腕を掴み、どこにでもあるホテル街まで足を運んだ。
 そのままの勢いでホテルに入り、崇史は文句を言う暇すら与えられずに部屋まで連れ込まれてしまった。

「・・・君が何をしたってオレは変わらない。君だって分かってるんだろ?だから・・・だからオレを抱けないんだ。それとも、それが 君のいう愛なの?そんな愛なんていらない。躰だけで十分だよ」
 ベッドに押し倒した崇史の腹部を跨ぐように座った秀壱は、崇史の両肩を押さえつけるように手を置いた。
 躰の上に乗られてもあまり重さを感じない秀壱の躰。自分を見下ろす秀壱の瞳が潤んでいるように見えた。
「・・・君は興味本位でオレに近づいたの?それとも同情?どっちにせよ、君はオレを好きなんじゃない・・・オレを捨て猫のように哀れんでいるだけさ。君はオレを抱けないんだから!」
「抱けるよ」
 今まで何も言わず秀壱の言葉に耳を傾けていた崇史が、不意に秀壱の瞳を見つめ返した。
「俺はいつだって秀壱を抱きたいって思ってる。今だって・・・分かるだろ?」
 冷静になろうとしても、この状況が崇史を落ち着かせることはなかった。
 好きな人と二人きり、しかも場所はおあつらえむきにホテルの一室だ。
 今の崇史が嬉しくないわけがなかった。
 ただ、必死に、崇史の中で決めた規則を守っていた。
「抱けないんじゃない・・・抱かないんだ。今、お前を抱くと今までの奴等と同じじゃないか。俺は秀壱が俺を受け入れるまで待つって決めたんだ」
「・・・確かに愛し方は自由だよ。でも、君は何も分かっていないんだね。オレは心なんていらない…言葉じゃオレは満たされない」
「躰の繋がりでも、満たされないだろ。お前は心の奥で求めてる・・・愛してほしいって叫んでる・・・俺はそんなにお前を好きになったんだ!」
「・・・あいにく、それは君の思い込みだよ。オレは・・・愛なんて知らないし、知りたくもない!そんなものがどこにあるっていうのさ?君が好きになったオレは幻だよ」
「目に見えるものが全てじゃない.。お前だって、分かってるはずだろ?あの時、拾われた猫を見たお前は笑ってたじゃないか。言葉なんて何もなかった.でもお前はあんなに安心して優しげに笑った。あれも・・・幻だっていうのか?」
「・・・そんなの知らない・・・そんなのオレじゃない・・・オレは・・・」
 崇史の躰を押さえつけていた両手を放し、秀壱は崇史の胸に倒れこむように顔をうずめた。
「・・・君は本当にオレをおかしくさせる・・・さっきオレを抱かないって言ったね。それがどんなにムダなことか教えてあげる」
 秀壱は崇史の服を脱がし始める。
 シャツのボタンを一つずつ細い指先ではずしていった.。
「やめろ、秀壱!俺は・・・俺はお前を苦しめたくない!」
「・・・どうして、オレがセックスするのか教えてあげる。オレはセックスでしか愛されたことがないんだよ。オレがあの人から教わったのはセックスだけ・・・オレは・・・人に愛されたことなんて一度もない」
「秀・・・壱?」
 崇史の言葉に指の動きを止めて、秀壱は崇史の胸に耳を当てた。

   トクン   トクン 

 と、心臓が鼓動を奏でていた。
 この鼓動が秀壱は好きだった。
 人と肌を合わせているといつもこの鼓動が秀壱を安心させた。
「・・・心臓の音を聞いたことがある?一定のリズムを繰り返してる・・・力強く。でもね・・・すぐに弱々しくなってしまう。まるで早鐘のように鼓動を打っていたのに、ゆっくり・・・ゆっくりと・・・」
「何を・・・」
「・・・心臓の音しか聞こえなくなるんだ・・・セックスしてる時って・・・」
「・・・今までお前は我慢してきたんだよな。ずっと一人で・・・こんなになるまでずっと・・・もう我慢しなくていい。お前は俺を選んだ。俺はどんな秀壱でも愛せるから、もう我慢するな」
 崇史は秀壱を抱きしめたまま躰を起こした。
 膝の上に乗せて向き合った秀壱を見つめる。
 秀壱の瞳から、止めようのない涙がこぼれていた。
「・・・ずるい・・・ずるいよ。オレが・・・好きなら抱けよ!なんで抱かないなんて言うのさ?君はいいかもしれないけどオレはイヤだ!オレを甘やかすな・・・このままじゃオレはダメになる!君なしじゃ・・・何も出来なくなる!!」
 秀壱は男とは思えない細い腕で精一杯の抵抗を試みるが、崇史はそれを許さなかった。
 力の限りで秀壱を抱きしめた。
「なってみろよ。俺が全部受けとめる。男のお前を好きになって。人一人の人生変えようとしてるんだ。それぐらいの覚悟とっくに出来てる。だから・・・俺なしじゃ生きられなくなれよ。お前の我壗もっと聞きたい」
 秀壱の過去が見え隠れしていた。
 もっと、秀壱を知りたかった。
 自分とは全く違う環境にいる秀壱が、崇史にはとても愛しかった。
 今まで感じたことのない愛しさを崇史は秀壱に感じていた。
 同性である秀壱に感じるはずのない感情。
 だが、崇史は全身全霊を懸けてでも、秀壱を守りたいと思った。
「・・・君はやっぱり分かってない。男の俺を好きになったんなら、恋愛の法則だって変えないと・・・俺は女じゃないんだよ。君に甘やかされて、守られるのが当たり前の女じゃない!」
 秀壱の涙は止まることを知らなかった。
 まるで、泣くことしか知らない赤ん坊のようにその瞳を濡らしていた。
「でも、俺はお前を守るって決めたんだ。俺はずっとお前を探してた。秀壱が男でも女でも、お前を守りたい。やっと、出逢えたんだ」
 こんなドラマのような台詞を自分が言うなんて思ってもみなかった。
 けれど、崇史はいつもどこかで憧れていた。
 そこまで想える相手に出逢ってみたい。
 一生に一度だけの恋愛をしてみたい。
 崇史は心の片隅でずっとそう思っていた。
「崇史は、オレを・・・見つけたの?」
 そして、それは秀壱も同じだった。
 恋も愛も知らずに育った自分に全てを教えてくれる人。
 秀壱は、間違えずに自分だけを見つけてくれる人を探していた。
「オレは愛し方なんて知らないから・・・セックスでしか伝えられないから、ずっとそうしてきた。でもオレはあの人と同じことをしてただけ・・・誰も愛そうとしてない。躰の繋がりで心も繋がってると勘違いしてただけ・・・崇史はそう言いたかったんだろ?分かってた・・・それでも、オレはずっと探してた・・・オレはずっと探してた・・・オレだけを愛してくれる人。みんな、みんなそうなんだ・・・だから、オレは探すのをやめた。期待すればその分裏切られる。崇史だってセックスしたらオレはいらなくなるかもしれない。だけど・・・崇史は優しいから・・・オレはまた期待してしまう」
「・・・俺は秀壱を見つけた。お前は俺を見つけてくれないのか?」
「オレが・・・崇史の・・・“一人だけ”なの?」
 秀壱の問いかけに崇史は静かに頷いた。
 ずっと、ずっと秀壱は探していた。
 自分が“一人だけ”になれる相手を。
 顔や性別や過去や未来。そんなものに惑わされることなく自分を見つけてくれる相手を、秀壱はずっと探していた。
「オレ・・・ワガママだよ?それに意地っ張りだし、プライド高いし・・・」
 秀壱の言葉一つ一つに崇史は優しい笑顔で丁寧に頷いた。
「それでも・・・こんなオレを愛してくれるの?」
 信じることに臆病になっている秀壱に崇史は精一杯の答えを返した。
「セックス、しよう」
「崇史・・・?」
 秀壱が瞳を上げると傍に崇史の顔があった。
 優しげな瞳で見つめる崇史を見て、秀壱は自分が今まで崇史をまともに見ようとしていなかったことに気付いた。
 男らしいキリッとした眉にはっきりした二重の瞳。
 薄い口唇が“しゅういち”と形を作る。
 ヘアワックスで固めた少し硬そうな短い髪が崇史をより男前に見せていた。
「もっと近くにいて・・・オレは傍にいてくれる人に気付かない・・・知らずに傷つけてしまう・・・それでもオレの傍にいる?」
 秀壱は細い腕を崇史の背中に回した。
「もう絶対に・・・離さない」
「崇史って・・・意外とイイ男なんだね・・・その調子で、オレが崇史のこと好きになるようにがんばってみせて」

 その秀壱の子供のような微笑みを、崇史は守りたいと思った。
 
 

to be continue・・・
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