「え…ダメ?」
ヤマトからの電話に岳は落胆の声を返す。
「明日は…どうしても抜けられない用事が出来て…」
「うん…いいよ。気にしないで、お兄ちゃん」
岳は努めて明るく振舞った。
「ゴメンな、岳…その代わり、今度、美味いメシ作ってやるからな」
「うん。約束だよ」
悲しそうな笑顔を浮かべて…。
−日曜日−
「あれ?アネキ、どこ行くんだよ?」
休日の朝早くから、大輔の姉、ジュンは鼻歌まじりで浮かれていた。
「ふふ〜〜今日はヤマト君とでぇと♪」
「デェトォ?」
「そ。帰りは遅くなるかもしれないからよろしくね。それじゃ、いってきまぁ〜す」
【ある日曜の出来事】
…岳の場合…
日曜なのにお母さんは仕事。
ボクは一人でお留守番。
お兄ちゃん…なんで用事なんて…今まで、そんなのなかったのに…。
やっぱり…会いたいよ。
「岳…元気ないよ?どうしたの?」
「なんでも…ないよ」
パタモンにまで、心配されてる…。
「今日はヤマトと出かけないの?」
…出かけたかったけど…。
「今日は、お兄ちゃん、用事があるんだって」
こんなんじゃ、ダメだなぁ…。
「じゃあ、ぼくと出かけようよ」
「…うん、そうだね」
元気、出さなきゃ。
「行ってきまぁす」
誰からも返事のない挨拶。
それでも、何も言わないよりはマシ。
これはいつものことで、もうなんだか癖みたい。
今日はお母さんがいないからパタモンはボクの頭の上。
「どこ行こっか?」
「前行ったトコがいいよ!またヌイグルミ取ってよ、岳!」
「ヌイグルミ…あ、ゲームセンター?」
「そう、そこがいいよっ!!」
「うん。じゃあ、行こっか」
パタモンを頭に乗せたまま、ちょうど降りてきたエレベーターに乗りこむ。
「あ、伊織クン。おはよ」
「岳さん。パタモン。おはようございます。どこか行かれるんですか?」
相変わらず、礼儀正しいなぁ…本当、光子郎さんみたい。
「あのね、一緒にゲームセンターに行くんだ!」
そんなことを考えてると、ボクより先にパタモンが嬉しそうに答えてくれた。
「そうなんだ。パタモンがUFOキャッチャーにハマっちゃってて…伊織クンは?」
「僕は大輔さん達と待ち合わせです」
「大輔クン…」
そういえば、最近、大輔クンの誘い断ってばっかりだったっけ。
でも、お兄ちゃんと遊ぶ日曜日にばっかり誘ってくる大輔クンも悪いよね。
…そういえば、本当に日曜日ばっかり…。
他の日は誘うっていうより、強制的だもんね。
日曜日、だけ…?
なんで…?
そこまで考えたら、ゆっくりとエレベーターが止まる。
「じゃあ、みんなによろしく言っといてね」
「はい。岳さんも気を付けて」
「うん」
伊織クンとは反対の方向に足を運ぶ。
なんだか、今日は考えることがいっぱいだよ…。
「岳は大輔のトコ、行かなくていいの?」
「え?だって、今からゲームセンター行くんでしょ?それに、一度断ってるんだよ。調子良すぎるよね、そんなの…」
「…ヤマト…何の用事なんだろうね?」
「……………うん」
…大輔の場合…
ヤマトさんとアネキがデート?
だって、今日は日曜日じゃん。
岳だって今日は予定があるって…!?
俺は速攻でコードレスを取って、教えてもらった日に暗記した岳の家の番号を押す。
-rrr-rrr-rrr-
なにやってんだよ…アイツ。
-rrr-rrr-rrr-
やっぱり、出ない。
…本当にいない、のか?
-rrr-rrr-rrr-rrr-
あきらめて電話を切る。
-RRRR-
途端に鳴り響く着信音に慌てる。
「岳!?」
『…大…輔さん?』
「…伊織…か」
そうだよな。
アイツ、滅多に電話なんてしてこないし…。
『何やってるんですか?みんな、待ってるんですよ?』
「あ、ヤベ。もうそんな時間か?」
時計を探すけど、なかなか見当たらない。
やっぱ、部屋の掃除しねぇとな…(苦笑)。
『すでに30分遅れています!』
やべぇ…。
「悪い。すぐ行くからさ。もうちょっと待っててくれよ」
『…岳さんと何かあったんですか?』
「別に…なんもねぇよ」
『岳さん、ゲームセンターに行くって言ってましたから、電話よりメールの方がいいんじゃないですか?』
「ゲーセン!?」
アイツ、んなトコで何やってんだよ!?
「悪い、俺、やっぱ用事出来ちまった!今日行けねぇや!!ホント、ごめんな!!!」
言うだけ言って、電話を切る。
「おい、チビモン。今日の予定は取りやめだ!俺、出かけてくっから留守番よろしく!!」
「え、大輔?」
チビモンの声を背中で聞きながら、俺は部屋を飛び出した。
岳の家に近いゲームセンターを片っ端からあたっていく。
「あいつ…」
3軒目のゲーセンで、頭にパタモンを乗せた岳を見つけた。
「岳、お前、こんなトコで何やってんだよ!?」
「え?あ、大輔クン。どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇだろ?お前こそ、俺との約束断っといてなんで一人で遊んでんだよ!?」
「あ、急に予定が変わっちゃったんだ…ごめんね。でも、大輔クンだって伊織クン達と約束あったんじゃないの?」
いつものように笑顔でごまかしてる。
俺が…気付かないとでも思ってるのか?
「ヤマトさん…」
「!」
その名前を言った途端に過剰なぐらい反応してる。
「今日…アネキとデートなん…」
そこまで言って、タケルの表情に愕然とした。
…言うんじゃなかった。
「…お姉さんと…そう…」
タケルは…知らなかったんだ。
「大輔!なんでそんなコト言うのさ!!」
バツの悪そうな顔をしたパタモンが俺を睨む。
そのまま、俺めがけて体当たりしてきやがった。
「そんなこと言ったって、知らなかったんだからしょーがねーだろ!」
パタモンとの言い争いに夢中で、岳の変化に気付かなかった。
「…ボク…帰るよ…」
表情を無くした顔で呟いて歩き出す。
「岳!?」
岳の後を追ってパタモンと外に出る。
そして、まさに最悪の状況に陥った。
「ヤマトさん…アネキ…」
「…た…ける」
「…………」
岳は何も言わないで、その場から走り出した。
…ヤマトの場合…
「…た…ける」
どうして、こんな時に…出会ってしまうんだろう?
「…………」
何も言わない瞳が、俺を責めていた。
「岳っ!!!」
そのまま、走り去る岳を俺は無意識のうちに追いかけていた。
「岳…岳っ!」
俺から逃げるように走る岳の腕を掴む。
逃げるのをあきらめたのか、岳は俯いたまま立ち尽くす。
「お兄ちゃん…あの人と…デートなんでしょ?」
岳は一言一言、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「…別に、好きでしてるわけじゃないんだ」
「そんな…ウソなんていいよ」
「嘘じゃない!」
大輔のせいで、こんなことになったことを説明する。
少しでも、分かって欲しい…。
「…なんで…言ってくれなかったの…」
「言ったら…お前が悲しむと思って…」
「…分かってない…お兄ちゃんは、なんにも分かってない!!」
涙を溜めた瞳で見つめられた。
「ボクは…ウソつかれる方が…いやだ」
堪えきれなくなった涙が頬を伝って流れていく。
「岳…」
…傷つけた。
岳のためだと思った嘘が…岳を傷つけた。
「ごめん…岳」
泣き出した岳の身体を抱きしめる。
「泣かないでくれ…頼むから…」
昔から、岳に泣かれるのだけはダメなんだ。
「…お兄ちゃんは…・誰が好きなの」
涙を浮かべた大きな瞳がオレを捕らえていた。
同じ色をしているはずなのに、なぜか岳の蒼は俺とは違う純粋さを含んでいる。
「…俺が好きなのは、岳だけだよ」
そして、この瞳の前では絶対に嘘がつけない。
「……約束して…もう、ウソはつかないって…」
「あぁ…約束するよ。だから、そろそろ泣きやんでくれないか?」
抱きしめていた岳の顔を自分の胸に埋めさせる。
そんな顔で泣かれると…俺も色々ツライんだよ。
「クス。ねぇ、今日ね、お母さん遅いんだって…」
「…!!!!岳っ!?」
お兄ちゃんは、そんな子に育てた覚えは…。
「…いや?」
そんな誘い文句を言いながら、上目遣いで見つめてくる。
あぁ、我が弟ながら、なんでこんな凶悪に可愛いんだっ!?
「………」
俺はそんな天然確信犯の誘惑に勝てるわけもなく…。
「動けなくしてやるから、覚悟しろよ」
俺に許された特権は、こんな意地悪ぐらいだな。
…おまけ…
本宮家では…。
「岳ぅー…なんで、ぼく置いていくの〜(泣)」
「結局、俺ってフラレ役かよ!?ちくしょ〜っ!?」
「ちょっと、大輔、どういうことよっ!?(怒)」
「…なんだぁ、一体?(今日はパタモン泊まるのか?ヘヘ、ラッキィ♪)」