【大輔の災難】
はっきり言って、不本意だ。
そう思いながらも、俺の指はとあるマンションのインターホンを押した。
-ピンポーン-
「はい…っと、本宮じゃないか、どうした?」
少しの間の後、ドアを開けたのは、この家の住人。
俺の親友、一乗寺賢。
「ちょっとさ、今回のレポートで聞きたいことあって」
そう、このレポートさえなければ、俺はここに来ることはなかったのに…。
全ては単位と卒業のため。(教授のバカヤロウ)
「ちょうど良かった。僕、出かけてくるから、留守番しててくれよ」
「え、おい?一乗寺!?」
「すぐ帰ってくるから」
玄関に取り残された俺…。(お前はそういう奴だよな…)
俺は仕方なく、中に入ることにした。
「ったく、すぐってどれくらいだよ…」
帰ってきたら文句の一つでも言ってやらなきゃ収まらねえな。
「留守番ってことは…アイツもいないのか…」
そんなことを考えながら、リビングへ続くドアを開ける。
通い慣れて、勝手知ったるなんとかってヤツだな。
別に、好きで通ってるわけじゃねえんだぜ…レポートがよ…。
「うぉ!?」
って、いるじゃねえかよ!?
「………って、寝てるのか」
そいつはソファーに横になったまま動かない。
この家のもう一人の住人、高石岳。
俺の親友、そして一乗寺の恋人。
そう、この家は、一言で言うと、二人のあ…"愛の巣"らしい。(京がそう言ってた。恥ずかしくて俺には言えねえ!!)
実際…遊びに来るたびノロケられるんだぜ。
京達がそう言うのも頷ける。(自分達は棚に上げてよく言うよな…)
だから、あんまり来たくなかったんだ。
それに………。
「ん……」
俺は小さく寝返りを打つ岳を見つめる。
「……幸せそうだよなぁ」
その安心しきった寝顔を見て、思わず俺も頬を緩める。
前は絶対にこんな表情しなかった岳。
そんな岳を変えたのが一乗寺だった。
正直、悔しかったさ…岳が心を許したのが俺じゃなかったこと。
でもさ…二人とも必死なんだぜ。
お互い好きあってるのに気付かないで、相手の心ばっかり大事にして…。
同じような悩み、俺に言ってくるんだよ。
そんな一生懸命な二人見てたらさ……言えねえよな。
俺も…岳が好きだなんて……。
……だからさ、俺は二人の大親友ってワケさ!
とりあえず、こいつらが別れたら、またチャレンジしてみっか、なんて思ってるけど…。
「…ん…」
だけど、岳のこんな幸せそうな顔見てたら、このままでもいいかなって思う。
岳が幸せなら、それでいいやって思っちまうんだ。
あ〜俺、この先、好きな奴なんて出来るか不安だよ(苦笑)
「…け…ん…」
「はいはい。アイツはいねえよ…ったく、呑気に昼寝なんてしやがって…襲っちまう…ぞ!?」
そこまで言って、俺は、やっと岳の格好に気が付いた。
上は少し大きめの真っ白なカッターシャツ。(絶対に一乗寺のだな)
ご丁寧にボタンは二つ目まで開いてやがるし…。
お腹にかけられたタオルケットから覗く、スラリと伸びた両足。
見えそうで見えないギリギリのチラリズム。(お前、ハーフパンツぐらい履けよ!)
長い睫毛、薄く開いた口唇、細い首筋から繋がる鎖骨、柔らかそうな太股…。
……………やばい。
意味もなく、部屋中をキョロキョロと見渡してしまう。
周りを気にしながら、静かに岳に近づく。
俺、明らかに挙動不審だな。
「キス…ぐらい、いいよな…」
再度、部屋を見渡して誰もいないことを確認する。
「よく据え膳とか言うじゃん…な」
もう、自分でも何言ってのかわかんねえや。
目の前には岳の顔。
こんなに近くで見たの、初めてかもしれねえ。
すげぇ…やっぱり綺麗な顔してるんだな。
「…岳…」
呼びかけると、くすぐったそうに顔を緩める。
「…ん…」
心臓が、全速力ダッシュした後みたいにドキドキしてる。
「………賢…好き」
「っ……」
……参った。
…そんな表情で言うなよ。
"すごく幸せです"みたいな顔で微笑むなよ…。
「………はぁ。やっぱダメか」
あきらめて岳から離れようとした時、
「え?」
不意に躰が引き寄せられる。
「クスクス…大輔クンって、面白いね」
初めて会った時と同じ台詞を言いながら、岳は俺を抱きしめる。
「た、岳!?おまっ、いつから起きてたっ!?」
ぶつかった青い瞳が楽しそうに細められる。
「ん〜…"って、寝てるのか"の辺りから」
……って、最初からかよっ!?
「お前、起きてたんならそう言えよっ!!」
くそ〜〜。
いらん恥かかせやがって!!!
「え〜最初は寝てたもん。でも、大輔クンがおっきな声出すから目が覚めちゃったの」
「と、とにかく離せっ!アイツ、帰ってくるぞ!」
端から見たら、俺が岳を押し倒してる図だろう、コレ!
一乗寺に見つかってみろ、俺のレポートはどうなるんだよ!?
「賢のコト?ボクを置いて出かける方が悪いんだもん。だから、大輔クンに相手してもらわないと」
痴話ゲンカに俺を巻き込むな〜!
それなのに、こんな状況を楽しんでる俺…。
あぁ…終わってるな、俺も。
「分かったから。とりあえず離…」
「君達、随分と楽しそうだね」
その場が凍り付いたのは、言うまでもない……。
「…で、本宮は何しに来たんだい?」
お前…俺に留守番を押しつけたの自分だってこと、忘れてるだろう。
って、言えたらどんなに楽か…。
「ごめんってば〜賢〜」
さっきから、岳が涙瞳で訴えてることにはまるっきり無視。
「いや、その…レポートの資料を…」
「資料?そんなもの図書館でも行って捜せばいいだろう」
あぁ〜〜〜〜〜〜。
やっぱり、そうなるのか!?
「せめてコピーぐらいいいじゃん」
「何か言ったかい?」
「……なんでもないです」
…俺のレポートは…終わった。
「悪いけど、これから、岳と大事な話があるんだ」
分かったよ…帰ればいいんだろう、帰れば。
てゆーか、悪いなんて微塵も思ってないだろう、お前。
「あぁ、じゃあ…」
岳の瞳が"帰らないで!"って訴えてくる。
「またな…」
悪い…俺も、自分が可愛い人種なんだ!
済まなそうに岳に手で謝って、ドアを出る。
「……空が…青いなぁ」
思わず、胸を撫で下ろして、現実逃避しちまった。
次の日、岳に捕まった俺は、散々グチられて、オゴらされた。
ちょっと、理不尽だとは思ったが、嬉しそうな笑顔を浮かべる岳に逆らえない俺がいる。
でも、そんな岳の首筋には、見せつけるような紅い痕。
しかも、岳は隠そうともしていない。
…やっぱりな。
あの家に行くと、ろくなことになりゃしねえ…。
それでも、通ってしまう俺って………。
イタズラ好きの親友と、独占欲の強い親友を持ってしまった俺が悪いのか?
あ〜〜〜〜〜〜誰か、俺に幸せをくれーーっ!!
(C)20010527 志月深結