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『お願いすぐに来てっ!! 岳』
始まりはDターミナルが受けた、一通のメールだった。
【キッチン★パニック】
「岳!?」
大輔がドアを開けても反応がない。
家の鍵がかかってなかったことから、中にいるのは確かだろう。
「岳?」
「…大輔ー?」
リビングの奥の方からパタモンの声が聞こえる。
「いるのか?」
大輔が部屋の中に入って行く。
「お前、なんだよ、このメー…る?」
そこにはソファーの端に座り、パタモンを抱きしめて小さく丸まっている岳の姿があった。
「…ど、どした?」
思わず抱きしめたくなる衝動を必死に我慢して、岳に近づく。
「それがさー…ねぇ岳、いい加減離してよ」
それでも岳はパタモンを離そうとしない。
「…やだよぉ…」
涙目で訴えかける岳。
「おいおい、何なんだよ…」
今までに見たこともない岳に驚くが、それ以上に気になること。
何が岳をこんなにしたのか。
一体、何がいるのか…大輔には全く検討がつかない。
「あ…あそこ…」
岳は小さな声でキッチンを指差した。
「あそこ…ってキッチンに何かいるのか?」
大輔はキッチンに向かって足を進める。
「行っちゃだめぇ!」
が、岳の尋常ではない叫びに立ち止まる。
「…なんだよ…マジで…」
「こっちに来たらどうするのさぁ」
岳は今にも泣きそうだ。
「来るって…おい、パタモン、なんなんだよ?」
今の岳ではまるで話にならない。
「岳、大丈夫だって…行けば分かるよ。あ、出来るだけ静かにね」
「なんなんだよ」
パタモンになだめられる岳を不愉快な気分で見ながらも、大輔は静かにキッチンに向かう。
そして、そこで大輔が見たものは…。
「おい…もしかしたらもしかして…コレ…なのか?」
「やだってばぁぁぁ!!」
「大丈夫だって…もしかしなくても、ソレ、だよ」
更に強く抱きしめてくる岳にため息をつきながらパタモンが言った。
「…………」
一時の空白が部屋の中に流れた。
「岳は…コレでそんなになってんのか?」
「いつものことだよ…」
パタモンは小さな手で岳の頭を撫でて落ち着かせる。
「…なぁ、アレは?」
大輔は大きなため息をつくとパタモンに指で何かを持つジェスチャーを送る。
「そこの右の棚」
音を立てずに棚を調べて、大輔は目的の物を手にする。
「ったく…お前のせいで…」
小さく文句を言いながら大輔が向かったのは、キッチンを我が物顔で占領している一匹のゴキブリ。
そして、大輔の手には殺虫剤。
-シューッ!!-
勝負は一瞬でついたようだ。
さすがは文明の利器。
「これでいいのか?」
岳の方に目をやるが、相変わらずパタモンを離そうとしていない。
「あ、それどっかに捨ててきてよ。岳、見るのもイヤなんだって」
「へいへい」
大輔はそれを袋に入れて、マンションのゴミ捨て場まで捨てに行った。
「岳ー捨ててきたぞ」
大輔が帰って来ても、岳はまだソファーの上で固まっている。
パタモンは解放されたのか、姿が見えない。
「ホント?もういない?絶対?」
大きな瞳を潤ませて、大輔を見る。
「あ、あぁ、いないよ」
こんな岳を見るのは初めてな大輔は、さっきから心臓がうるさくてたまらない。
「よかったぁ…ありがとう、大輔クン」
こんな時に極上笑顔を見せつけられては、大輔的にはかなりヤバイ。
「お、お前にも、苦手なものあるんだな」
平静を装おうとしても、声が上ずってしまう。
「苦手なモノ?うん…いっぱいあるよ…虫は嫌い…あと、Hの時の大輔クンも苦手」
「なんでだよっ!?」
予想もしていなかった答に焦る大輔。
なんでだ?
俺、別に無理やりしてるワケじゃねぇだろ?
岳だって、ちゃんとイかせてるし…。
それとも、俺…もしかして、下手なのか!?
この0.01秒の間に、大輔の脳は高速的な回転を示す。
…岳に関してだけはよく働く脳らしい。
「だって、大輔クン…なんかカッコイイんだもん」
「は…?」
岳の言葉に
"よかった。俺、下手なワケじゃないんだ"
と、安心感を覚える大輔。
「…ん?じゃあ、俺がかっこいいとダメなのかよ?」
が、すぐに言葉の本質に気づいたようだ。
「ボクはいつもの大輔クンの方が好き♪」
「そ、そうか?」
ニヤけた顔で頭を掻く大輔。
すっかりはぐらかされてるぞ…。
「でも、さっきの大輔クンはとってもかっこよかったよ」
そう言って、岳は大輔に軽くキスをする。
滅多にない岳からのキスに、大輔は完全にのぼせたようだ。
この後の二人がどうなったかは…ご想像にお任せします。
が、全てが岳の思い通りになったことは間違いないでしょう。
とりあえず、この二人はこーゆー関係でいて欲しい。
大輔の苦労性っぽさが深結は好きですから♪
いつまでも、振り回されてくださいね。
まぁ、夜の主導権はどっちだか知りませんけど(笑)
(C) 20001016 志月深結