【大好きな理由】
「母さん…岳、いる?」
久しぶりに見る母さんの顔。
「まだ帰ってないけど…どうかしたの?」
「いや…なんでもないんだ…待たせてもらってもいいかな?」
やっぱり…岳が帰ってこないのは、俺のせいなのだろうか?
突然の告白。
そう…俺は岳に告白した。
好きだって…岳が、大好きだって…告白したんだ。
それに…。
「どうしたの?お兄ちゃん?」
「今、好きな奴…いる?」
「何?急に…」
どうしよう…まだ、早い。
でも、止まらない。
「俺…岳が…岳が好きだ」
「…え…?」
…柔らかい…口唇。
無意識のうちに…触れていた。
「…っや、嫌だ!お兄ちゃん!」
突き放された俺の目に飛び込んできたのは、岳の涙。
ハッキリと思い出せる。
岳の頬を濡らす涙と、その…困った表情。
"早すぎた"そう思った時には、もう遅かった。
俺は後戻り出来ない所まで来ていたんだ。
「…ヤマトと何かあったのか?」
公園のベンチに座って太一サンはボクを見る。
「…なんで、そう思うの?」
「元気がない時の岳は、ヤマト絡みだけだからな…飲めるか?」
そう言いながら、ボクに缶コーヒーをくれた。
「うん…」
ボクも太一サンの隣に座った。
「あのね…」
お兄ちゃんはボクを…好きだって言った。
ボクは、その返答に困っているから…。
だからって、この答えを出せるのはボクだけで…。
そんなの当たり前なのに…ボクは、自分で答えを出そうとしていない。
ボクは…ずるいのかな。
「…へぇ、ヤマトがねぇ…。で?岳はなんで俺の所に来たんだ?そうゆうのは自分一人で考えるもんだぜ?」
「…分かんないけど…気が付いたら、太一サンのトコにいたんだ」
本当に…なんで、ボクは太一サンの所に来たんだろう?
「太一サンといると…安心するんだ」
「それは…こんな意味で?」
「え?」
不意に目の前が真っ暗になって、その後、太一サンの顔がすぐ近くにあった…。
怖い…。
嫌だ…。
頭の中で同じ言葉が壊れながら繰り返される。
まるで、音の飛んだCDのように…。
こんなのは、違う!
「お兄ちゃん!」
言葉になったのはその一言だけ。
「…岳は隙だらけだな。ヤマトが焦るのも無理ないよ…」
「ボクが…?」
何が、隙だらけなの?
なんで、太一サンがボクにキスするの?
お兄ちゃんが焦るって…どうして?
分からないことばかりだよ。
「もう、答えは出てるんだろう?」
「答えなんて…知らない…分かんない」
ボクは…。
「じゃあ、どうして泣くんだ?」
ボクが、泣く?
太一サン、何言って…!
「え…」
頬を伝う熱い雫。
それに気付いたのは、太一サンに言われてから…。
ボクは、なんで泣いているの?
「自分でも、分かってるんだろう?」
そうだ…。
ボクは…知ってた…分かってた。
ただ、自分の気持ちに気付かないフリをしていただけ。
恐かったんだ。
この気持ちを自覚した時から…ボクはどんどん欲張りになっていったから…。
お兄ちゃんの傍にいたい。
そう想う自分が恐くなった。
そのうち、お兄ちゃんを独占しなくちゃ気が済まなくなりそうなボクが…。
だけど…好きって気持ちなんて…すぐに変わってしまうんだ…。
だから、この想いは胸の奥に沈めようと思った。
いつかなくなってしまうのなら、最初から意味なんてない…。
でも、ボクは…お兄ちゃんのことを…。
「…ごめんね…太一サン…ボク、帰るよ」
「…ただいま」
「おかえり…一体、こんな時間まで誰の所に行ってたんだよ?」
「お兄ちゃん…」
岳が帰ってきたのは、その日の夜遅くだった。
「太一サンの所に行ってたんだ」
「太一の…何しに?」
俺、何聞いてるんだ?
聞かなくたって、理由ぐらい知ってるだろ。
俺の、せいだ。
「…自分の気持ち、確かめに」
確かにそう言って、岳は自分の部屋に入る。
「…で?自分の気持ちとやらは分かったのか?」
俺も岳の部屋に入り、ベッドに座るタケルを見つめる。
「…」
「言わなきゃ、分かんないだろ」
俺は岳のすぐ隣に座る。
「お兄ちゃんは、ボクのどこが好きなの?」
「…言葉でなんて…伝えられない…」
岳だから好きなんだ。
「…人を好きになるのって…恐いよ。ボクは…嫌だ」
でもきっと…それは違う。
「恐くないよ…きっと、楽しくなる」
「楽しいから…ボクにキスしたの?ボク達、兄弟なのに…」
「それは!…それは、岳にキスしたいのは俺だけじゃないかもしれない…そんな風に思わせるからっ…岳は誰にも譲れない!」
俺、かなりムチャクチャ言ってる…。
でも、本当のことなんだ。
「ボクだって…ボクだってお兄ちゃんが好きだよ!」
岳!?
「だけど、そんな自分…イヤなんだ!」
「どうして!?」
「惨めじゃないか!…お兄ちゃんのことばっかり考えて、ずっとお兄ちゃんの傍にいたくて…そんなことしか考えられないなんて…」
俺はどこか鈍いけど、自分のことぐらいは分かる。
どんなに俺が岳を好きか…。
「だったら、俺と同じだよ。俺は、岳が俺のこと考えてる以上に岳のこと考えてる!好きなんだから当然だろ」
「でも、いつかこの気持ちもなくなっちゃうんだ!!」
涙を溜めた岳が一気に捲し上げる。
やっぱり…岳は、傷付いていたんだ…。
「違う!なくなったりしない…どんな気持ちも、消えたりなんてしないんだよ…」
「…そんなの…ウソだよ」
こんな時、両親の離婚を恨むのは…間違っているのだろうか?
「そりゃ、変わっていくこともある。でもな、その時の気持ちはちゃんと残るんだ。ずっと…一生…。だから、どんな小さな気持ちでも誤魔化したらダメなんだ。俺は自分の気持ち誤魔化してまで、常識ぶろうなんて思わない!」
どんなに常識ぶったところで、この気持ちは消せないんだ。
「…ボクは、お兄ちゃんを…好きでいていいの?それで…いいの?」
まだ少し涙が残る瞳で、俺を不安げに見上げる。
「好きになるのに理由は必要ないだろう」
「ボク…お兄ちゃん…が…好き」
岳のヒマワリのような笑顔。
本当に、理由なんて必要ない。
俺は、岳がいればそれでいいんだ。
大好きな岳が、俺を見ていてくれれば、俺は幸せなんだ。
ボクは、やっぱりお兄ちゃんが好き。
これはどうしても変えられない事実。
こんなに誰かを好きになるなんて思ってもいなかった。
この気持ちが、どんな風に変わっても、後悔しない。
家族だから、兄弟だから、恋人だから…ボク達はこれからも、ずっと…。
「…お兄ちゃん…大好き」
あ…太一サンとのことは…ナイショにしとこ。