とある家に岳という可愛らしい子がいました。
岳はその家の末っ子でお父さんからとても可愛がられていました。
が、そのお父さんが死んでしまってからは、母親と二人の姉に召使いのように苛められる日々が続いていました。
「明日はお城の舞踏会なのよ。私のドレスにアイロンかけておいて」
長女の京が岳にドレスを渡します。
「私の靴も磨いておいてね」
次女のヒカリも、有無を言わせぬ笑顔で靴を渡します。
「え、あ・・・あの、それって、ボクも行ってもいいのかな?」
「何言ってるの?そんな汚れた服を着て行くっていうの?王子様に失礼でしょう」
母親のジュンの一言で、岳は何も言えなくなりました。
次の日、朝からバタバタとめかしこんだ三人は、岳を置いてお城に行ってしまいました。
「・・・ボクも、行ってみたいなぁ・・・」
家から見えるお城はとても大きくて、岳はいつも思っていました。
「王子様って、どんな人なんだろう?」
「会ってみたいかい?」
突然、自分しかいないはずの部屋に、見知らぬ声が響きました。
「え?」
岳が振り向くと、そこにはマントに身を包んだ魔法使い…デジモンカイザーの姿がありました。
「僕が君の願いを叶えてあげよう」
「ボク、お城に行けるの?」
「もちろんさ」
頷いたカイザーが杖ならぬ鞭を一振りすると、ライドラモンとディグモンに繋がれた大きな馬車が現れました。
「どうだい?これに乗ってお城まで行けばいい」
「・・・でも・・・ボク、こんな服しかないから」
岳は自分の服を見て、悲しそうに笑いました。
「大丈夫。僕がきちんと見立ててあげるから」
「え?」
「さぁ、こっちにおいで。まずはサイズからだ」
「えぇ?」
「脱いでもらわないと、測れないだろう?」
「えぇぇ〜?」
「ほら、ごらん。よく似合っているじゃないか」
「・・・ありがと」
嬉々としたカイザーとは裏腹に岳は少しグッタリ気味。
だが、そのドレスは見違えるほど美しい物に変わっていました。
若草色のドレスに黄色いリボンが巻かれています。
宝石はほとんどつけていないのですが、生まれ持った金色に近い柔らかな髪に、透き通った青い瞳がそれをカバーしているようです。
もともと、岳はドレスや宝石で飾らなくても十分に綺麗だったのです。
「これが、最後の仕上げだ」
そう言って、カイザーが取り出したのガラスの靴でした。
「きれぇ・・・ホントにいいの?」
「もちろんさ。ただし、僕の魔法の効果は24時までだ。それまでには帰って来るんだよ」
「うん。ありがとう」
こうして、岳はお城の舞踏会に向かいました。
お城につくと、ライドラモンとディグモンの姿が人間に変わりました。
「あれ、君達は?」
「はじめまして。岳さんのエスコートをさせていただきます。伊織です」
「俺は大輔。よろしくな」
二人は人懐こそうな笑顔を浮かべ、岳の左右に立ち、その手を取りました。
そして、三人は並んでお城の中へと進んで行きました。
「・・・なぁ、俺はまだ恋人なんて・・・」
玉座に座ってため息をついているのは、この国のヤマト王子です。
「何言ってるんだ、ヤマト。お前、一応王子なんだぞ」
「そうです。仮にも王子なんですから、恋人の一人や二人いないとなっては格好がつきません!」
王子の隣りでは、付き人である太一と光子朗が楽しそうに微笑んでいます。
「お前達、楽しんでるだろう・・・ん?」
その時、会場に大きなざわめきが起こりました。
岳が中に入ると、その場にいた大勢の人の視線が一気に注がれました。
「な、なに?ボク・・・やっぱり、変なの?」
岳は不安を隠せない表情で隣にいる大輔と伊織に聞きます。
「みんな、岳が綺麗だから見てんだろ?」
「僕もそうだと思いますよ。岳さん」
そんなことを言っていると、更なるざわめきが会場を包みました。
「よろしければ、一緒に踊っていただけますか?」
岳に手を差し伸べたのは、紛れもなくこの国の王子様でした。
「岳さん。この方が王子様ですよ」
「え・・・王子様!?」
「いいえ。貴方の前でなら一人の男に戻りましょう。俺のことはヤマトと呼んでください」
「・・・ヤマ・・・ト」
「お相手して、いただけますか?」
「でも、ボク、踊れない・・・」
「大丈夫」
ヤマトはニッコリと微笑み、岳の手を自分の手に重ねました。
「可愛いなぁ・・・」
「そうですねぇ」
壁にもたれるように立ち、大輔と伊織は岳を見ていました。
「あ、足踏んだ(笑)」
「あんなに必死で謝らなくてもいいのに・・・(笑)」
ヤマトと踊っている岳を遠目に見ながら、二人はウットリとした笑顔を浮かべていました。
ヤマトと岳を見ていたのは、この二人だけではありません。
会場のほとんどの人が、ヤマトと岳に注目していました。
だけど、楽しい時間は風のように早く過ぎ去っていくものです。
お城の大きな時計が24時を刻みました。
「しまった!おい、伊織、岳を連れて帰らなきゃ!」
「急がないと!」
岳にも24時を知らせる鐘の音が聞こえてきました。
「あ、24時・・・ボク、帰らなきゃ・・・」
「どうして?まだ夜は長いのに」
ヤマトは岳の腕を放そうとはしません。
「でも・・・約束なんです。ごめんなさい!」
「岳!帰るぞっ!!」
岳はヤマトの腕を振りほどき、大輔達と共にお城から出ようと走り出します。
「待って。ボク、上手く走れな、あ!?」
岳の履いていたガラスの靴が、片方だけ脱げてしまったのです。
「あ、靴・・・」
「どうせカイザーの趣味なんだ。どうでもいいっ!」
大輔は有無を言わせず、岳の手を引いて走りました。
そして、城から少し離れた森の中まで来た時に、24時の鐘の音が終わりを告げました。
その途端、岳の着ていたドレスはいつもの服に戻ってしまったのです。
「あ〜あ、戻っちゃったね・・・あれ?大輔クン?伊織クン?」
ついさっきまで一緒にいた大輔と伊織の姿も消えていました。
「夢の時間は、終わりだよ」
代わりに、岳の前に現れたのは、デジモンカイザーでした。
「あ・・・」
「楽しかったかい、岳?」
「・・・うん。ありがとう。だけど・・・靴・・・片方、なくしちゃって・・・ごめんなさい」
岳はカイザーに片方だけのガラスの靴を返そうとしました。
「いいんだよ。それは君にあげた物だ。持っておくといい」
「・・・うん、ありがとう」
岳はそのガラスの靴を大事そうに抱きしめました。
「・・・そんなに、王子様がよかったのかい?」
「え、うん。王子様はかっこよかったよ。きっと、ステキなお姫様と結婚するんだろうね」
「・・・自分が結婚したいとは思わなかったのか?」
「ボクが?何言ってるの?そんなのあるわけないじゃない。ボクはお城に行けたことで満足。すごくいい思い出ができちゃった。ありがとう」
どうやら本心らしく、岳は満足げな笑顔を浮かべてカイザーを見つめています。
「じゃあ・・・僕の所に来る気はないかい?」
「え?」
「こんな所であんな女達の言いなりになるより、よっぽどいいと思うんだが?」
それでも、岳にとって彼女達は家族なのです。
「そんなの、いきなり・・・わかんないよ・・・」
岳は辛そうに瞳を伏せました。
「そうか・・・では、また後日、返事を聞きにくることにするよ」
カイザーは、そんな岳の頬にキスをおとすと、小さく微笑んでその姿を消しました。
「・・・これって・・・?」
岳はキスされた頬を手で抑えると、しばらくその場に呆然と立ち尽くしていました。
「光子郎!この靴の持ち主を探し出してくれ!」
ヤマトは、どうしても岳のことがあきらめられなかったのです。
残されたガラスの靴を頼りに、岳を探し出すように命じました。
その日から、街では大変な騒ぎです。
"あのガラスの靴の持ち主が、お妃様になれるらしい"といった噂があっという間に広まりました。
街中の女達は必死になってその靴を履こうとします。
しかし不思議なことに、ある者には小さすぎ、ある者には大きすぎ、その靴は誰一人として履けないのです。
「なんだか、街中が騒がしいけど・・・何かあったのかな?」
けれど、いつものように仕事を命じられている岳は騒ぎどころではありません。
夕方までにやらなければいけない事がたくさんあるのです。
「・・・ま、いっか」
それが、毎日の岳の日課なのです。
「そういう訳にはいかないんだよ」
聞き覚えのある声に岳は振り向きます。
「デジモンカイザー・・・」
あの日のことを思い出したのか、岳の頬が少し赤くなりました。
「あの騒ぎの原因は岳の落としたガラスの靴なんだから」
「え、あれが・・・なんで?」
「・・・王子が君を探しているんだ」
「王子・・・様が?」
岳の胸にあの日の思い出がよみがえります。
「岳・・・君も答えを選ぶ時だよ」
「・・・ボク・・・」
「僕は君が選んだ道に従うよ・・・」
そして、ついに王子の使者は岳の家にもやってきました。
「今、我々はこの靴の持ち主を探しています。ご協力をお願いします」
ジュン達は喜んで使者を向かい入れ、早速、ガラスの靴を履こうと試みます。
しかし、ジュンにもヒカリにも京にも、その靴は履けなかったのです。
「…これは困りましたね…この家が最後だというのに…この靴の持ち主はいったいどこに…」
「なぁ、この家にはもう誰もいないのか?」
「それは…」
ジュンは言葉に詰まります。
「なんだ、いるのか?だったら、その子も呼んで来いよ!」
さすがのジュン達も王子の使者には逆らえません。
渋々と岳の名前を呼びました。
「…何かご用ですか?」
「この子で最後か・・・なぁ、光子郎。ダメだったら、ヤマトになんて報告するよ?」
「太一さん。まだ、試してもいないうちにそんなこと言わないで下さい・・・では、この靴を履いてみてもらえませんか?」
「・・・はい」
岳はゆっくりと靴に足を差し入れます。
もともと、この靴は岳の物。
当然、岳の足はガラスの靴にピッタリと収まりました。
「「「うそおぉぉ!」」」
「……岳君…でしたね。お城に来ていただけますか?」
「え…でも、ボク…」
「ヤマト王子がお待ちなんだぜ?」
早速、使者達は岳を連れて行くための準備を始めます。
「ボク……行けません」
「!!!???」
「ボクがお城に行っちゃったら、お母さん達の面倒見る人がいなくなっちゃうでしょ。だから、ボクはここに残ります」
「いや、でも…それじゃ…」
岳の言葉に使者達は驚きの声をあげます。
「岳…」
それはジュン達も同じでした。
「それに、この生活も気に入ってるんだ、ボク」
ニッコリと笑う岳。
その笑顔が本心からだと分かるので、誰も何も言えなくなりました。
「王子様かぁ…」
岳は自分の部屋…屋根裏の窓際で空を見つめてつぶやきました。
「本当は、行きたかったんじゃないのかい?」
「…そうかもね」
突然現れたカイザーに驚くこともなく、岳は軽く微笑みを浮かべました。
「…これが、君の出した答え?」
「そうだよ…って言いたいけど、まだ答えは半分。残りの半分は君への答え」
「僕への?」
岳は小さく頷くと、クローゼットの中から古ぼけた木箱を取り出しました。
「コレね、ボクの宝物が入ってるんだ。君にあげる」
岳は木箱をカイザーに手渡します。
「…僕に?」
そう言って、カイザーは静かにフタを開けました。
「これは…」
そこにはカイザーから貰ったガラスの靴が片方、入っていました。
「ボクは、ここを離れるわけにはいかない…だけど、君とこのまま会えなくなるのは嫌なんだ。だから約束」
岳はカイザーに向かって小指を差し出します。
「ボクにその靴を履かせたい時はいつでも逢いに来てね」
「…フフ。毎日でも逢いに行くよ」
カイザーは岳の小指に自分のそれを絡ませ、そのままの勢いで抱き寄せました。
「じゃあ、約束の口づけを」
カイザーはゆっくりと岳に顔を近づける…。
「え…(ちょっと、賢!そんなの台本にないじゃない!!)」
賢の突然の行動に、頭の中が真っ白状態の岳。
「(大丈夫。誰も気にしてないよ)僕の、愛しい岳…」
「ちょっと、け…カイザー!?(ウソ、ホントにするの!?)」
「(ダメだよ、岳。キスする時は瞳を閉じてって、いつも言ってるだろう)」
岳の耳元を掠める甘い低音。
「ん…っや…(ボクがその声に弱いって知ってるくせに〜)」
押し返そうとしていたはずの岳の腕は、いつの間にか賢の首に巻きついている。
「カット、カット、カッ〜〜ト!お疲れ様!二人とも、続きは他の場所でやってちょうだい!!」
「(…ちっ)」
京の元気な声で現実に引き戻される賢と岳。
「でも、これで優勝は頂きね、ヒカリちゃん♪」
そう、これはあくまでフィクション。
「そうですね。京さんの書いた台本、とっても面白いもの」
「ううん。ヒカリちゃんが手伝ってくれたおかげだよ」
今は、今度の文化祭でやる劇の練習だったのだ。
「……ボクはあんまり面白くないよ。それにドレスって歩きにくいんだもん…」
「岳君…じゃあ、他の子がシンデレラやってもいいの?賢君の相手、しちゃっていいの?」
「それはダメ!!」
「じゃあ、我慢しなきゃ」
「…う〜〜」
「僕は岳のドレス姿、とっても似合っててイイと思うよ。それに僕は岳が相手でなければこんな劇、興味もないよ」
「本当?じゃあボクがんばるね!」
「「(バカップル)」」
あえて心でハモる、ヒカリと京。
「「み〜や〜こ〜(怒)」」
「大輔にヤマトさん。どうかしました?」
「てめ、京!あれのどこが"岳と愛の逃避行"なんだよ!?」
「そうだ!俺だって岳がシンデレラだからって引き受けたんだぞ!?」
「あら。あたし嘘なんて言ってないわよ。現に岳君はシンデレラだし。ちゃんと岳君と二人でお城から"逃避行"したじゃない。岳君の手まで握っといて文句言う気?」
京は二人に反撃の余地を与えず喋りまくる。
「「ぐっ……」」
「……大輔君、ヤマトさん…岳君達、とっくに行っちゃいましたよ」
「「なにぃっ!?」」
それに反応して二人はすぐさま岳を探すべく、外に飛び出していく。
「…なぁんてね」
ヒカリが視線を向けた舞台袖には、周りも気にせずいつものようにイチャついてる賢と岳の姿。
「ヒカリ…キャスティングしたのってお前だよな…あいつらになんつって頼んだんだよ」
「フフ…ナイショ♪さ、京さん。本番も近いし、ゆっくりと打ち合わせしましょ。二人でねv」
ヒカリの役柄で使用される有無を言わせぬ笑顔は現実でも健在だった。
後日…。
ヒカリの撮った劇中写真(賢v岳・ヤマv岳・大v岳etc...)が飛ぶように売れ、ヒカリと京のデート資金になったのは、また別のお話…。
<END>
(C)20010423 志月深結
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