冬も本番の2月中旬。
「もう…1ヶ月かぁ…」
近所の公園でジャングルジムの頂上に登って空を見上げる。
空はだいぶ暗くなり、星が小さく瞬き始めていた。
「はぁ…」
本日、何度目かの重いため息。
この少年…---高石岳は悩んでいた。
【Be My Baby】
あれは1ヶ月とちょっと前…そう、ちょうど冬休みの終わり。
『岳が………好きなんだ』
岳は告白された。
同じ『選ばれし子供』である、一乗寺賢に。
「え…なに…言ってるのさ…冗談やめてよ」
「冗…談?」
賢の押し殺したような声にハッと顔を上げる。
「冗談なんかで男に告白する趣味はないよ」
そんなことは、その真剣な瞳を見ればすぐに分かった。
分かるからこそ、岳はそう言ったのだ。
冗談であってほしい…と。
「だって…そんなの…」
岳の願いは次に起こった賢の行動によって、ことごとく否定された。
「僕は…どうしようもなく君が好きなんだ」
胸に掻き抱くように強く抱きしめられた。
岳とたいして変わらない体格から想像もつかないほどの強い力。
その強さが賢の想い。
岳は泣きそうになった。
賢が嫌いだからじゃない。
賢が迷惑だからじゃない。
賢の言葉に…泣いているのかと思うほど、切なげに掠れた声に。
賢の表情に…怒っているのかと思うほど、張り詰めた真剣な瞳に。
岳は初めて…怖いと思った。
「だめっ!」
身体をねじってなんとか賢の腕の中から逃げ出す。
「あ………」
一瞬、呆気に取られたように岳を見つめる賢。
「ご、ごめん、僕…」
その瞳は一瞬悲しそうな色を浮かべ、すぐに俯いてしまった。
「………ボク、帰る」
傷つけた。
そんなこと分かってる。
だけど、怖かった…。
幸い、すぐに新学期が始まって賢と逢うことが少なくなった。
それでも、放課後になればデジタルワールドに行く。
けれど、賢の周りには大輔や京の姿。
二人きりにならないのが、せめてもの救いだった。
そう…岳はあの日から賢を避けていた。
別に賢が嫌いだからじゃない。
むしろ、岳は賢が好きだった。
けれど、この気持ちは言えない。
怖くなったから。
知ってしまったから。
賢が…男なのだと思い知ったから。
賢は優しかった。
優しすぎるほど優しかった。
みんなの仲間になろうと必死だった。
自分の罪を償おうと必死だった。
だからこそ…岳は怖かった。
優しい彼があの時見せた強さが怖かった。
優しさの上に成り立つ強さが本物なことを知っているから…。
自分にはないこの強さに惹かれることを知っているから…。
もしも…一度でもその強さに触れてしまったら…。
自分は離れられなくなることに気付いたから…。
そして、彼に捨てられたら自分には何も残らないと思ったから…。
そんな自分が怖かった…。
そして、そんな彼が……。
だから、岳は賢を避けた。
「きれぇ…」
見上げると、夜空に浮かぶ月が真上まで来ていた。
「…もう…嫌われちゃったよね…」
月を見上げたまま、岳は泣いた。
涙で月が見えなくなるまで……。
「……岳」
その声が聞こえてくるまで。
「……な…んで…?」
周りが暗くてよかったと思った。
涙は止まることなく流れて…。
岳はなんとかその言葉だけを呟いた。
「…君に…岳に逢いに来たんだ」
心臓が壊れるくらいに音をたてる。
身体中の熱が集中するかのように頬が熱い。
呼吸が止まりそうなほど、胸が苦しかった。
「………」
岳は何も言わなかった…言えなかった。
口唇を開けば最後…賢への想いが溢れてくるのは分かっていたから。
「…すごく悩んだ…避けられてるの分かったから…完全に嫌われる前に忘れようと思ったんだ…」
賢は一度そこで言葉を切って俯く。
次の瞬間、岳の瞳に飛び込んできたもの…。
「だけど、岳が消えないんだっ!」
凛とした意思の強い声。
そして、その闇色の中に光を放つ賢の瞳だった。
「心が岳で溢れて…身体中が岳を欲しがって…」
賢の掠れた声。
「岳以外…僕には、もう…何もないんだ」
それは切望にも似た刹那い声。
「…………」
賢の告白を黙って聞いていた岳がゆっくりと夜空を仰ぐ。
相変わらず、心臓は高鳴り。
身体は火照っていた。
でも、胸の苦しみは…いつの間にかなくなっていた。
同じだった。
岳は賢と同じ想いなのだと気付いた。
ただ、違うのは…。
失うことを恐れて、変わってしまうことを恐れて、立ち止まった岳。
失うことを恐れて、それでも変わることを選び、前に進んだ賢。
岳にはない強さが、賢にはあった。
その強さを恐れたのは岳。
そして、その強さが怖くないと教えてくれてのは…。
「…………賢が、好き」
二人でジャングルジムに登って星を見上げる。
「これから…どうなっちゃうのかな…」
岳がポツリと洩らした言葉。
「何も変わらないよ…ただ、僕達が変わっていくだけ…二人で一緒に」
賢は繋いでいた岳の手を強く握り締める。
「もう…離れられないんだから」
(C)20020214 志月深結
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