[朝顔]
夏休み7日目。
俺の朝顔はやっと小さな蕾をつけた。
俺は美田嶋尽。
日々、姉ちゃんのためにイイ男の情報を集めてやってる、可愛い弟だ。
休みの日は、いつだって姉ちゃんのためにあけてやってるんだぜ。
感謝しろよ?
そのおかげで最近の姉ちゃんは葉月とばっかりデートして、全然俺にかまってくれないんだよな。
「尽!早くしないと置いてくよ〜」
けど、今日は別だ。
今日はずっと前からの約束の日。
「待ってよ、姉ちゃん!」
姉ちゃんと二人で買物に行くんだ。
俺との約束のために、姉ちゃんは葉月の誘いを断ってた。
「お待たせっ」
玄関で待ってた姉ちゃんに軽くVサインなんて出してみる。
「"お待たせ"じゃないでしょ。今日は買う物いっぱいあるんだから、しっかり持ってよね」
…ま、この際、例え荷物持ちでもいいってことにしといてやるよ。
「姉ちゃん、まだ買うのかよ?」
「ん〜後は浴衣で終わりだよ。あ、落としちゃダメよ」
「浴衣なんて、去年のがあんじゃん?」
「だって新しいのが欲しいんだもん」
「ふぅん…今年は誰と行くの?」
そういえば、次の日曜は年に一度の花火大会だっけ。
「珪とだよ。リンゴ飴買ってくれるってv」
……姉ちゃん、食い物で釣られてるよ。
「そっか。今年も葉月と行くんだ」
昔はどこ行くのも一緒だったんだけど…。
「尽にもオミヤゲ買ってくるね♪」
「期待しないで待ってるよ」
「なによ。可愛くないの〜…あ、あった。あの浴衣!」
文句言ってると思ったら、次の瞬間には目当てのブティックに駆け込む姉ちゃん。
「ねえねえ、尽。ピンクと白どっちがいいかなぁ?」
いっつも姉ちゃんが選ぶ服はこんな色。
逆に青や緑なんて、ほとんど持ってないんじゃないかな。
今度、日比谷にでも教えてやるかな…ホント、いい金づるだぜ♪
「ピンクの方がいいんじゃない?」
「あ、やっぱり尽もそう思う?うん!こっちに決めた!」
嬉しそうにレジに向かう姉ちゃんは、まるで子供みたい。
あれじゃあ、俺のクラスの女子の方が大人っぽいんじゃないか?
「おまたせ〜」
浴衣の入った大きな袋を両手で持って、姉ちゃんが走ってくる。
「…なんか、浴衣だけにしちゃ大きくない?」
「あ…前から欲しかったワンピも一緒に買っちゃった♪」
おいおいおい…。
「さ、それじゃ最後のお店に行って帰ろっか」
「えぇ、まだどっか行くの!?」
てゆーか、俺、これ以上持てないぜ?
「そ。ウイニングバーガーで何か食べてこ。付き合ってくれたお礼におごってあげるからさ」
「ラッキィ!!」
こーゆー気配りを忘れないとこ、姉ちゃんのイイトコロだよな。
「いらっしゃいませ〜」
「ヤッホ〜なつみん♪」
カウンターにいたのは、姉ちゃんの友達の奈津美お姉ちゃん。
「あ、ユッキー。なになに、デート?」
「違うよ〜。今日はショッピングしてきたんだ」
「こんにちわ、奈津美お姉ちゃん」
「うん。こんにち…尽君、荷物持ち…大変ねぇ」
俺を見る奈津美お姉ちゃんの目が哀れんでるよ…。
「あはは〜やだなぁ、なつみんったら。今だけだって!ほら尽、私が買ってくから、先に席座ってて」
「はいはい…」
窓際に空いてる席を見つけて座り、窓の外を眺める。
「あれ…」
通りの向こうに、たくさんの女の人が集まってる。
「ねえ、あっちで葉月珪が撮影してるんだって!」
「ウソ?行ってみよ!」
店の中の女の人達も騒がしく移動を始める。
「なるほどね」
「何が"なるほどね"なの?」
俺の頼んだチーズバーガーセットが乗ったトレイを持って、首を傾げた姉ちゃんが向かい座る。
「なんか、あそこで葉月が撮影してるんだって」
「だからあんなに人垣が出来てるのね」
「あれ?姉ちゃんは行かないの?」
「……だって、花火大会で逢えるもん」
姉ちゃんは口元だけで笑みを作る。
こんな姉ちゃんは要注意だ。
今、姉ちゃんの機嫌はまさに急降下中。
10年来の付き合いをなめるなよ?
姉ちゃんの変化ぐらい、簡単に分かるぜ。
「仕方ないなぁ…姉ちゃん、ケータイ借りるよ」
本当は嫌だけどさ…姉ちゃんのためだもんな。
俺はアドレス帳から、とある番号を押した。
「………あ、俺、尽……悪かったな。でさ、今、バーガー屋にいるんだけどさ…」
頭の上に"?"を浮かべた姉ちゃんが俺のすることを黙ってみてる。
「姉ちゃんの荷物持ちなんて、やってらんなくてさ…そうそう。それ終わったらでいいからさ…え、もう終わった?」
「尽…誰に電話してるの?パパ?」
「じゃあ、すぐ来いよ…え?あ、そう…んじゃ、姉ちゃんのこと頼んだよ、葉月」
「な…ちょっと、尽っ!?」
「もう、遅いもんね〜」
俺からケータイを奪おうとする姉ちゃんを避けて、通話ボタンを切る。
「珪に何言ったの!?」
「"ココにいるから、迎えに来い"って…ほら、来たみたいだぜ」
「え?」
- コン コン コン-
ガラス窓を叩く音に、姉ちゃんが慌てて反応する。
「……珪」
途端に見せる、優しい笑顔。
…やっぱ"恋する乙女"ってのはスゴイね。
この俺ですら、今まで見たこともない表情されちゃあさ…。
悔しいけどさ、正直、適わないなって思う。
ついでに言うと"恋する男"ってのもスゴイな。
葉月がこんなに嬉しそうに笑うの、初めて見たよ。
……もしかして、こいつら、世間で言う"バカップル"だったりするのか…な?
「んじゃ、俺は先に帰ってるから」
葉月と入れ替わる感じで、俺はバーガー屋を出る。
チラリと見た二人が、案外お似合いなのがちょっと悔しかった…。
夏休み10日目。
俺の朝顔が咲いた。
「行って来ま〜す!」
今日は、年に一度の花火大会の日。
朝から浴衣の着付けに苦戦してた姉ちゃん。
「あ、尽。ちゃんとオミヤゲ買ってくるからね♪」
俺の選んだピンク色の浴衣。
「あ、姉ちゃん!帰ってきたらコレしようよ」
この前、帰り道に買った花火。
花火大会には行かなくても、花火は出来るし。
「うん!ちゃんと私が帰るまで待っててよ!」
家にいる時は、俺だけの姉ちゃんだし。
「OK。約束だからな〜!」
こーやって、約束だってしてくれる。
今は、こんな関係でもいいかな。
庭に咲いた浴衣と同じピンク色の朝顔が、小さく風に揺れていた。
姉ちゃんが帰ってきたら、この朝顔を見せてやろう。
そして、明日の朝は一緒に朝顔が咲く瞬間を見よう。
いつか…絶対に葉月に負けないぐらいのイイ男になってやる。
その時は、覚悟しとけよ、姉ちゃん!!