「うそぉ〜」
私は下駄箱で茫然と立ち尽くした。
目の前に広がるのは激しく降りつける雨。
いくら梅雨だからって朝はあんなに晴れてたのに!
なぁんて怒ってみても傘が一人で歩いてくるわけでもないのよね…。
今日に限っていつもの友達はあてに出来ない。
志穂はヒムロッチに呼ばれてるでしょ。
なつみんと珠ちゃんはクラブだし、瑞樹はさっさと帰っちゃったし…。
「あ〜!も、最悪!!」
「雪流…何叫んでるんだ?」
どこか眠たそうだけど、私の大好きな声に振り向くと。
「珪!良い所に!」
やっぱり、珪だ〜vv
しかも、傘持ってる〜!
もう、これは神様が私のためにくれた幸運のようなものよね。
「いやだ」
「…ちょっと。まだ何も言ってないじゃない」
「お前、考えてること全部顔に出るからすぐ分かるんだよ」
やだ…そんなに分かりやすいの、私!?
「てゆーか、分かっててその返事?珪のケチ〜!」
もう、しょうがないなぁ。
今日は濡れて帰るのか…あ、途中で尽が迎えに来てくれるかもしれないよね。
「ん〜ココにいても雨止む気配もないし…私帰るね」
珪にバイバイして走り出そうとした私の腕が半ば強引に引き止められる。
「嘘だよ。送ってく」
見上げれば捨てられた小犬みたいな瞳が見つめてくる。
も〜私がこの瞳に弱いって知っててやってるんじゃないの?
「…ホントは"あいあいがさ"したかったんでしょ♪」
「…言ってろ」
そんなにホッペ赤くしてたら、睨まれても怖くないも〜ん。
ホント、素直じゃないんだから(笑)
「なあ…少し遠回りしてもいいか?」
「別にいいけど?」
「こっち…」
珪に誘われるまま、ゆっくり歩いた。
いつもの道とは反対方向。
あれから珪はなんにも言ってくれないし…一体、何があるのかな?
「あれ…」
不意に立ち止まった珪の指差した先にあるのは…。
「…うわぁ…キレェ」
少し狭い歩道の両端を埋め尽くすように咲いた、紫陽花。
まるで紫陽花の川に架かった橋みたい。
「…この前、偶然見つけて…お前と見たかったんだ」
なんだか言葉に出来ないぐらい幻想的な世界。
「…ありがと、珪。とっても素敵、私も珪と見れて嬉しいv」
今、同じ空間に一緒にいられることが、すごく嬉しいよ。
「ねえ、紫陽花の花言葉、知ってる?」
珪と二人、ゆっくりと紫陽花に挟まれた道を歩く。
雨の音が静かに響いて…なんだか、ここだけ時間がゆっくり流れてる感じがする。
「"移り気・冷たい人"…こんなにキレイな花なのに、あまり好かれてないのは花言葉のせいかもね」
「でも、俺は好きだな…落ち着く」
「…フフ。珪ならそう言うと思った」
隣を見上げると、穏やかな表情の珪に私も自然と笑みが零れる。
「雪流?」
そんな私を、不思議そうな表情で見つめ返してくる珪。
「紫陽花はもう一つ花言葉を持ってるんだよ」
桜弥クンが教えてくれた花言葉。
「どんな?」
「"辛抱強い愛情"…不思議だよね。正反対の意味を持ってるなんて」
本当はすごく優しくて、暖かいのに…わざと周りに冷たくして…。
「この話を聞いた時、紫陽花って珪みたいだなって思ったの…」
雨に打たれる紫陽花にそっと指先を添える。
「雪流…」
「本当は誰よりも人のこと考えてるのに、わざと冷たい人間だって思わせてるトコなんてそっくり」
小さな花びらに落ちた雨が、まるで涙のように私の指を濡らしていく。
「俺はそんなんじゃ…」
「ウソ。私、分かるもん」
珪の言葉を遮りように私は喋り続ける。
「珪、すごく優しい…全然冷たくなんてないのに…私、珪がみんなに誤解されたままなんてヤダ…」
珪がこんな話好きじゃないの知ってるけど…でも、どうしても言いたかったの。
「……別に、俺は構わない」
紫陽花から視線を移すと、すぐ傍に翡翠色の瞳。
まるでスローモーションみたいに、ゆっくりと触れる口唇。
もう何度目だっけ…珪とのキス…すごく優しいキス。
相変わらず、綺麗な顔…睫毛長いし…肌だって…。
そんなことばっかり考えちゃって、口唇が離れるまで瞬きすら忘れていた。
「珪…」
「………雪流が分かってくれてれば、俺はそれでいい」
抱き締められて耳元で囁かれる言葉はとても魅力的なものだけど…。
「…そんなこと言ってもダメ。卒業までに、クラスのみんなにだけでも分かってもらうの!」
やっぱり、みんなにも珪の中身を知って欲しい。
外見だけじゃなくて、本当の珪を見てほしいの。
冷たい奴だなんて、絶対に言わせないんだから!
「………わかったよ。降参だ。努力する」
「うん。エライエライv」
ぶっきらぼうに小さく呟く珪の頭を撫でてあげると
「っ〜〜もう帰るぞ!」
子供みたいに拗ねた顔して歩き出す。
「あ、待ってよ〜」
気が付けばいつの間にか雨は止んでて、
「ほら、手」
私に手を差し出す珪の笑顔の隣りで太陽の陽を浴びた紫陽花がキラキラと輝いてた。
「うん!」
…でも、もうちょっとだけ私だけのものでもいいかな……なんてねv
大丈夫。
怖がらないで。
みんな、本当はアナタのことが大好きなんだよ。
だから、ちょっとだけ勇気を出して。
「ねえ、珪」
絡ませた指先を少しだけ強く握ると、
「どうした?」
すぐに握り返してくれる。
「来年も、一緒に見に来ようね!」
紫陽花みたいにキラキラした珪の笑顔に負けないように、私も精一杯の笑顔を浮かべる。
「あぁ…来年も再来年も、ずっと二人で一緒に見よう」
「「 約 束 」」
繋いだ手は約束の証。
迷子になったりしないように、ギュッと強くつかまえててねv